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古屋駅前のホテルで一泊した翌日。

友人の告別式は13時からだ。参列する我々は、朝食を取らずにホテルを後にした。


最近のホテルは朝食付きの所が多い。ネットで予約するようなプランだと尚更だ。
それなのに何故、朝食抜きにしたのか。

それは、

愛知名物「モーニング」

を食するためである。


愛知県は「名古屋めし」と名が付くくらい名物が多い。

これについては、食にうるさい我々大阪人でさえ一目置いている。
味噌煮込みうどん、味噌カツ、どて煮など八丁味噌を使った料理群、ひつまぶし、手羽先、きしめん、天むす、小倉トースト、あんかけスパゲッティ、寿がきや・・・などなど、安くて旨い名物が溢れている。

そしてその中でも大阪のお好み焼きやたこ焼き同様、庶民の暮らしと切っても切れないほどに浸透した「文化」と言っても過言でないのが、この「モーニング」なのだ。

今もよくある喫茶店の「モーニングサービス」は、ここ愛知の一宮市が起源だと言われている。愛知県は喫茶店が多いことでも有名で、各店が個性的なモーニングサービスを用意してしのぎを削っているという。


今回ここに来たのは友人の葬儀のためではあったけど、せっかく来てしかもちょうど朝食を取るタイミングだ。これは是非とも食べておきたい。

そう思って、数多い喫茶店の中からネットで目をつけておいた一宮市の店に車で向かった。

しかし走り出して数分にして、我々は窓の外の異様な光景に気づくことになる。

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喫茶店が2~3分走るごとにあって、しかも日曜の朝10時やっちゅうのに駐車場がほとんど満杯やないか!!

何ということだ。大阪や北海道では日曜日の朝から混んでいる場所なんてパチンコ屋くらいのものだけど、愛知では喫茶店らしい。ひょっとして喫茶店でモーニングを食べるのが庶民の朝の恒例行事なのか!?

疑問を解決すべく、我々は目をつけておいた店に入った。

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「喫茶・ピットイン」。いろんなメディアでも紹介されていて、一宮では有名らしい。

ピットインというメカニカルな名前とはやや不釣り合いな、可愛らしいお店だ
しかしその可愛らしいドアの前に掲げられた看板に、目が釘付けになる

太腹の店 一日中モーニング AM5:00~PM5:00 ヘルシーパンと茶わん蒸しが自慢で~す」

何!一日中モーニング!?モーニングやのに夕方5時まで食えるんか!しかもヘルシーパンはええとして、ゆで卵とかやなしに茶碗蒸し!?なんちゅう取り合わせや!


一歩入ると、威勢のいいおばちゃんから「いらっしゃい!」と声がかかる。

見回すと、満席やないかい・・・。
おじさんとおばさん、おじいちゃんとおばあちゃん、家族連れ、若いカップルなどなど老若男女がサンダル履きで談笑しながら、朝刊読みながらみんなモーニングを食べているじゃないか。

食べ終わったおばちゃんらが席を空けてくれたので、我々5人は落ち着くことが出来た。

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メニューは多彩だ。もちろん「あんトースト(小倉トースト)」だってある。
表の看板にもあったけど、昼12時~2時は「軽食ランチ」というのがあって、焼そばor焼うどんorイタリアンミートスパゲティに、サンドイッチ、サラダ、茶碗蒸し(ここにも!)、コーヒーまで付いて650円だという。この内容はもはや「軽食」ではなく「重食」だ。

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コーヒーはたったの360円。それでどれだけの内容なのだろうか・・・。全員もちろん、モーニングを注文する。

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すぐに運ばれてきたのは、この通り。パンは「あんトースト」と、写真には写っていないけどジャムを塗ったのが半分ずつ。しかもちゃんと小麦の味がするいいパンだ。茶碗蒸しも違和感はあったけど、いざ食べてみたらなかなかお腹に優しい感じがする。しかも旨い!食後には、昆布茶が出るというサプライズ(?)もあった。

見ての通りボリューム的には驚くほどではないけど、しっかり作り込まれていてシニア層にも満足だろう。これで360円(コーヒーや紅茶の場合)とは、儲けはあるのかと心配してしまう。

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しかも我々が東京や北海道から来ていると知ると、「これママからのサービスよ~」と、こんなサンドイッチやコーヒーゼリーまで出してくれた。

いやいや、たった360円でここまでとは、こら却って申し訳ないくらいです。

いろんな店の中にはパンとゆで卵食べ放題とか、サンドイッチ食べ放題なんて所もあるし、自家製オーガニックメニューを売りにしている所もある。これは、讃岐うどん巡りみたいに、モーニング巡りなんぞしてみてもいいかもしれない。

5人で1800円。黒い衣装の胸にバラをつけたフラメンコでも踊ってそうな「ママ」と、おばちゃん、お姉ちゃんの3人で店を回していて、まだまだ忙しい時間は続きそうだった。

2000円出して「釣りは要らない」と言えば良かったな-。いや、1人400円でもまだ安い。


我々が食べている間にも、入れ替わり立ち替わりサンダル履きで客が来て、モーニングを食べ、朝刊を読んで談笑して帰っていった。

やはり、住民全員ではないにしろ、ここでは朝起きたらまず喫茶店に行ってモーニングというのはごくありふれた習慣なのだろう。平日はどうなるのだとも思ったけど、朝5時からやっているのだから会社員の朝食にも大いに利用されているに違いない。

香川で、朝7時からうどん店に様々な人々が入れ替わり立ち替わりやってきて、うどんをすすりながら談笑している光景を見たことがある。香川ではうどん店は社交場であり、文化でもあるのだ。

そして愛知で喫茶店は地域の立派な社交場として、文化として存在している。愛知の喫茶店文化、恐るべし。
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古屋へ行ってきた。

いつもなら、この時期だし桜でも見に行こうくらいの楽しい旅であるはずだけれど、今回は急死した友人の葬儀が目的だったのだ。

こんな旅はなるべくならしたくない。でもここで暗い旅やブログになってしまっては、天国からか地獄からか分からんが見ているであろう奴も喜ばんと思うので、楽しむことにした。奴もライダーで旅人だったとこだし、その方がいいだろう。


さて、急死の報を受け取ったのは4月1日の昼だ。通夜は3日の夕方からだという。幸いにもその日と告別式のある次の日にも仕事は入っていない。

2日の仕事を終えてから名古屋に移動するのはどうしたらいいか?

一番楽な「函館~せんとりゃー、もといセントレア(中部国際空港)」の飛行機は1日1便しかなく、往きは通夜の時間に間に合わず帰りも告別式が終わる前に出てしまうので使えない。まぁどっちにしろ満席だったのだが。
そして「千歳~せんとりゃー」も空きがない。週末だし、しかも4月の頭なんて新生活の移動ラッシュなんだろう。仕方ないか・・・。

そうなると函館か千歳から羽田に飛んで、名古屋までは新幹線といきたいところだけど、それすらも空きが少ない。千歳発でしかも正規料金しか残ってないじゃないか。千歳までは車で4時間もかかるので、出来れば避けたいところだ。

幸いにも東京から名古屋までは同じように参列する友人の車に便乗できることになったけど、東京まではどう移動したらいいのだ・・・。
函館から青森にフェリーで渡り、後は夜行バスに乗り継ぐ格安プランをフェリー会社がやっているけど、それは三十代後半の身体にゃきつい。残るは青函トンネルを抜ける特急白鳥と新幹線の乗り継ぎだけど、東京到着の時間が微妙だ。できれば昼までに着き、高すぎず、しかも楽な方法はないものか・・・。

そこで今回選んだのは、
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寝台特急「北斗星」だ。

北斗星と言えば、88年に青函トンネルが開通した時、上野と札幌とを結ぶ豪華寝台特急として鳴り物入りでデビューしたブルートレインなのだ。

これなら夜に出て、寝台で横になって翌朝起きたらもう東京だ。しかも函館発で新幹線や北斗星に乗れる東京までの往復切符が29500円で売られているのだから、これを使わない手はない。片道にすれば、飛行機の早割プラスアルファで、狭い座席に詰め込まれずに寝て行けるのだから。

残念ながら格安切符だけあって、北斗星の売りとも言える個室寝台には乗れずカーテン仕切りのB寝台車だけど、まあ久し振りのブルートレインだし楽しみだ。


そして2日夜、近くの森駅のホームで待っていると、ブルーの帯がゆっくりと滑り込んできた。

これですよ、これ。特急列車や新幹線、飛行機ですら今は誰でも乗れる存在になったけど、この青一色と金帯の車体は今でも「遠い所へ連れて行ってくれる、特別な存在」という威厳と風格に満ちていると思う。

もっとも、登場からは既に20年以上が経っているし、そうでなくても車両自体はその前の国鉄の頃から走っていたのをリニューアルしたものだ。よく見れば外見はあちこち凹んで波打ってるし、塗装の剥げなどもあって結構くたびれてもいる。

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古くからある開放式(個室ではなくカーテンでベッドを仕切っているだけ)二段ベッドのB寝台車の車内へ入れば、あちこちの造りは無骨そのものだし、「昭和49年製造」なんて銘板も貼ってあったりして、何となくレトロな香りさえ漂う。これに正規料金を払って乗ったら「この料金でこの程度の設備か。金返せ!」と言いたくなるかもしれない。

でも、そのベッドに自分でシーツを敷いて支度を調え、通路の折りたたみ式のベンチを引き出して通り行く夜景を見ながら一杯やっている気分は最高だ。ある意味、どんな高級なホテルに泊まっても味わえない贅沢なひとときだと思う。

でもその贅沢な空間も、飛行機料金の下落と、旅そのものに時間の余裕がなくなったからか、かなり数が減った。東京や大阪と九州各地を結んでいた数多くのブルートレインも今はなく、寝台車を繋いでいる夜行列車はこの北斗星の他に全国にも7本しか残っていないという寂しさで、これ以上減らないことを祈るばかりだ。


自宅最寄りの駅も通り過ぎ、うっすらと見える大沼湖畔を横に見ながらトンネルを抜けると、眼下には函館の裏夜景が望める。夜の函館本線からはこんな景色が見えたのだとちょっと嬉しくなる。


週末だけあってほぼ満席だ。他の車両も覗いてみるけど個室もほとんど埋まっていた。いつかはシャワー付き豪華個室の「ロイヤル」も乗ってみたいな。まぁ料金も高いので、シンプル個室の「ソロ」や「デュエット」で妥協するのが関の山だろうけど。

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やや興奮気味でなかなか寝つけなかったけど、翌朝は大宮を発車するまで爆睡できた。

上野駅に着くと、この通り。鉄道ファンやこの列車の乗客が一斉に群がってきた。もちろん最近話題の「鉄子ちゃん」もいる。老若男女それぞれがこの列車に向かって盛んにシャッターを押す。
この光景を見ていると、やっぱりこの「北斗星」は登場22年を経て、今では更なる豪華寝台特急「カシオペア」が君臨しているにもかかわらず依然として「憧れ」であり続けてるんやなぁと強く思った。

そしてみんなが憧れるのは、車両の新しさや格好良さや豪華さなどではなく、長年にわたって遠い土地との間で人々を運び続けたブルートレインのこの青い車体だけが醸し出す「威厳」と「風格」なのではないだろうか。

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友人と待ち合わせ、中央自動車道を西に向かう。

渋滞予測情報では、東名高速の渋滞はかなりの規模になるという。そこで、若干距離は延びるものの規模の小さそうな中央道を選んだのだった。

果たしてその選択は当たっていて、ほとんど渋滞らしい渋滞に引っかからず、快調に関東圏を抜け、信州にさしかかる。

目の前にはまだ雪をかぶった南アルプスや八ヶ岳がそびえる。この次々に姿を変える山々の景色は中央道の醍醐味だろう。

もっとも東名高速だって富士山が望めるし、海だって見える。でも渋滞がないというのはそれらを補ってなお余るアドバンテージだ。何しろ北海道に移り住んでからというもの、渋滞というものにはしばらくお目にかかっていないので免疫がなくなっている。ただでさえせっかちな元大阪人で、渋滞知らずのバイクに慣れていたのだから尚更だ。こんなとこでイライラを蓄積させるのは極力避けたい。

結局、通夜の1時間前には到着できた。

何年かぶりに会う旅仲間も大勢集まっている。盛大に見送ってやるとしよう。
想通り、嫁はんの実家では仕事や行事に追われた。

パソコン3台、いろんな家電、はては水道の蛇口までもが「婿殿」の帰りを待ちわびていて、修理やら設定やら調整やらに奔走することになってしまったのだから。

ほかにも、久し振りの帰省なので会っておきたい人は結構いたし、墓参りもあったしで、気が付いたら観光出来る日は1日しかなくなってしまったではないか。


さて、どうするか。前回来た時に近辺のJRを乗りまくったので、今回はドライブにしよう。
嫁はんが「磯庭園に久し振りに行きたい」と言う。

この「磯庭園」とは鹿児島市の郊外にある、薩摩藩主島津氏の別邸跡とその庭園「仙巌園」のことだ。
詳しい内容についてはググってみて欲しい。

家の車で途中いくつかの用事を済ませながら、海岸沿いを鹿児島に向けて走る。

阿久根から串木野あたりまでの道は海岸沿いで、甑島を遠くに望みながらのドライブはすこぶる気持ちがいい。

九州新幹線が開通する前はJRの特急「つばめ」もこの海岸に沿って走っていたのだけど、今は第三セクターの「肥薩おれんじ鉄道」になって、ディーゼルカーが1両か2両でのんびり走っている。

この車窓風景が「つばめ」から見れなくなったのはとても残念だ。あのシックで雰囲気抜群の車内からこの風景を見るのはとんでもなく贅沢に思えたものだったのだから。
今の「九州新幹線つばめ」も内装の出来は凄いけど、残念ながら車窓はトンネルばっかりで、乗る楽しみでは遠く及ばない。もっとも、新幹線が最短ルートをトンネルでぶち抜いてくれたお陰で、鹿児島から出水まで以前1時間20分もかかっていたのが25分にまで短縮されたのだから、その存在意義は認めなければならないだろう。

さて、川内あたりからは内陸に入って交通量も急に増えるので、高速道路で鹿児島までワープする。
やっとのことで混む市内を抜けると、

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おぉ!桜島は今回もよう見えとるがな!

この威容。我が大沼の駒ヶ岳といい、やっぱしシンボルの存在は大事やなあと思う。

まあ、桜島の場合は今も周辺に火山灰を撒き散らしている立派な活火山なので、鹿児島市民にとっては心の拠り所であると同時に、常に噴火状況や風向きに注意を払わなければならない厄介なシンボルでもある。
テレビなどの天気予報でも必ず、桜島上空の風向情報が流されるのだから。

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そして磯庭園。庭園の造りもさることながら、この見事な借景!

右端に写ってる御殿(本邸跡)の内部見学をすると、途中で縁側に出る。すると松の大木と広がる庭園の向こうにこの景色。桜島を築山に、鹿児島湾を池に見立てたらしいけど、そんな予備知識なんぞ無くてもこの眺めはすごい。天気が晴れてたらさぞかし絶景やろう。
こんな縁側で、お茶でもすすりながらボケーとしてみたいけど、残念ながら説明付きの見学コースなので立ち止まることは許されぬ。

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山側を見る。御殿内部や尚古集成館も凝った意匠で凄いけど、やっぱしここはあの借景に尽きると思う。
ちなみにこの庭園全体でNHK朝ドラ「篤姫」のロケも行われたそうな。その時の様子を記した看板があっちこっちに建っていて、う~ん、ロケ地となった場所は日本全国どこでもこうなってしまうんやなー。

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ひとしきり園内を歩いた後に、小休止。
食べるのは鹿児島名物の両棒餅(じゃんぼもち)と白くま。両方ともそんな肩肘張らんで食べれる名物なのが嬉しい。見た目も味も「変型みたらしだんご」と「フルーツたっぷりかき氷ミルク」と言ったところだけど、やっぱし桜島を錦江湾を見ながらというのがよろし。


ちょっとした観光ドライブだったけど、ま、これはこれで満足!

来年はあらかじめ、観光の時間を最初からキープしておこうと思ったのであった。
阪&鹿児島帰省の旅。方法についてあれやこれやと考えたけど、本日11月2日、いよいよ出発だ。


幸いにも、携帯電話の目覚ましの偉力によって一発で目が覚める。4時50分。パッキングは前日の夜に完ペキに済ましてあるし、車内で食べるだろう朝メシのパンと果物も用意してある。もちろんお客様への臨時休業のお知らせも抜かりはない。

更に、マーチのタイヤもスタッドレスに換えておいた。何しろ、今日あたり大沼でも雪の第一波が来そうなのだ。しかも千歳までは静狩峠、美笛峠と峠を二つも越えるのだから、道が真っ白になっていてもおかしくはない。そんなとこで時間を食って飛行機に乗り遅れたり、スリップして事故を起こしたりなんぞしたら目も当てられぬ。


予定より20分遅れてスタート。まだ真っ暗な中を走り始める。国道5号もさすがに車は少ないのでハイペースで流れているけど、ヘッドライトにチラチラと雪が映っているのが気にかかる。

そしてええペースで長万部を過ぎ、静狩峠に掛かったら・・・来ましたがな。真っ白の雪景色で、道路もうっすらとシャーベット。良かった~。冬タイヤにしといて。
豊浦に入ると雪景色はなくなったものの、洞爺湖を過ぎて、北湯沢あたりからまた路面も真っ白に。なにしろさっきの静狩峠と違って交通量が少ないので、轍が出来ていないのだ。結構怖い。

そして美笛峠。もう完璧に真冬の景色だ、と思ったら、道端でトラックやいろんな車が立往生してるじゃないか。何でここまで来て立往生なのだ?と思って美笛トンネルを抜けたらびっくり!何とこちら側は雪ときたら道路脇にあるだけで、量も圧倒的に少ない。トンネルの手前と向こうでは景色がまるで違うのだ。
さらに支笏湖畔まで下ってみると、雪が全くと言っていいほど無いじゃないか・・・。

そこであのトラックの立往生が理解できた。みんなこちら側がこんな状況だから夏タイヤで安心して峠を登っていったのだ。そして「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」状態で、美笛トンネルを抜けた所で動けなくなってしまったのだろう。お気の毒に。

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支笏湖温泉あたりから、美笛峠方面を見る。雪雲が山々にせき止められて、峠の向こう側に猛烈な雪を降らせているようだ。

千歳空港近くの駐車場に着いたのは9時過ぎ。余裕だ。送迎バスで送ってもらい、例の格安チケットのチェックインを済ませ、ついでに土産物屋を流して時間を潰し、飛行機に乗った。


今日は生憎の曇りで、下界の景色は全く見えない。見えたと思ったらもう、姫路から神戸への海岸線。ハハァ、神戸空港へはこんな着陸ルートやねんな・・・。

明石海峡大橋の上も通り過ぎ、いよいよ着陸や!と思ったら、なんと空港の横を通過してゆくではないか。
そこからUターンしてやっと着陸だ。これも伊丹・関空・神戸と空港過密地帯の弊害なのだろうか。

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「本日は強い向かい風の為、到着時刻が遅れましたことをお詫び申し上げます」と放送があった通り、ほぼ定刻に出たのに20分も遅れて着いてしまった。良かった~時間に余裕取っといて。
次は新神戸から新幹線だ。一本でも早いのに乗るべく、ポートライナー、地下鉄とダッシュで乗り継いで、新神戸駅の窓口に駆け込む。

やはり神戸は暖かい、もとい、暑い!北海道仕様でフリース着て更に上下ともユニクロのヒートテックなのだから、汗だくになってしまった。ええ加減脱ごう。

ここで買うのはもちろん片道切符などではなく「九州往復割引きっぷ」。大阪~鹿児島中央まで指定席で31200円だ。
これも「旅割」や大阪発1泊付きのパック航空券より高いけど、これから向かう出水は鹿児島空港からかなり離れていて、その間のバスの運賃や乗り継ぎロスなどを考えたら新幹線の方が遙かに楽ちんなのだ。

さて、残念ながら、密かに狙っていた最新型車両の「N700系のぞみ」には間に合わなかった。後続ののぞみは乗り慣れた「普通型700系のぞみ」。それならば、と後続の「ひかりレールスター」の指定席を取る。何と言ってもJR西日本が誇るこの列車は、スピードこそのぞみに劣るけど、何と指定席はゆったりの「2列+2列」シートなのだ。飛行機の狭いシートに詰め込まれてたことを考えると極楽に思える。シートベルトも要らないし、動き回れるし。

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この通り、グリーン車までとはいかんけど、飛行機のスーパーシート以上には快適だ。シートピッチも広いので後ろを気にせずリクライニングも深々と出来るし。
姫路、岡山、福山、広島、徳山、小倉と結構こまめに停まってのぞみに道を譲るけど、停車駅はのぞみより2、3駅多いだけだから大して気にもならない。

時折見える瀬戸内海に夕陽が反射して綺麗だ。海沿いの住宅地と工場群、そして山里の家々や畑や田んぼ・・・こんな風景もしばらく見てなかったな。
何しろ住んでいる北海道ときたら、いい意味でも悪い意味でも日本離れしただだっ広い景色ばっかりで、たまにはこんな日本的な風景が恋しくもなるのだ。

2時間半はあっという間。博多に到着だ。やっぱり九州は更に暖かい。何なんやこの温度差は。

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在来線のホームに上がると、行き交うカラフルな電車や斬新なスタイルの電車に、九州へ来たことを実感する。

JR九州は独自の車両作りにかなり力を入れていて、外見も内装も奇抜なデザインや度肝を抜くような色使いだったり、かと思えば木をふんだんに使った和の作りだったり黒を基調にしたシックな作りだったりで、鉄道ファンでなくとも乗ってるだけで楽しめるだろう。

我がJR北海道にも、ちょっとだけでええから真似して貰いたいもんや。今回飛行機でなく列車を使ったのは、これに乗る目的も少しある。

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新八代まではこの「リレーつばめ」だ。前は西鹿児島(現在の鹿児島中央)駅まで走っていたけど、新八代から先は新幹線が開通しているので、そこまでの名前通り「繋ぎ」だ。九州新幹線が博多まで全通したらこの車両もここでは見れなくなるかもしれない。

もう外は真っ暗。まあ、博多から八代までの間なんぞ田園風景と住宅地の中を走るだけでたいした車窓風景もないけど、そのぶんこれのシックな内装を堪能しよう。実用本位や薄っぺらい豪華さだけの他のJR特急とは大違いだ。いつかはグリーン車にも乗ってみたいな。

新八代で、九州新幹線「つばめ」に乗り換える。

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もう乗るのは5回目くらいになるけど、何回乗っても飽きない。なんせ見てみなはれ!椅子は木で、クッションには西陣織、窓には木のすだれ!もちろんゆったりの2列+2列シートで、しかもこれが普通車でっせ!

外観の斬新さもさることながら、この内装(デッキとかの色使いも凄い)はどこのJRも真似できんでしょう。これに座るだけでも、つばめに乗る価値があると思う。

しかし悲しきことに、新八代から出水までは僅か20分の乗車時間なのだ。あ~これに新神戸からずっと座れたらなぁ。


朝5時過ぎに大沼を出発して、車、飛行機、電車を乗り継ぎ14時間。
そして直線距離で1430km離れた出水駅に降り立つ。
さすがに疲れがドッと来た。座り疲れもさることながら、この気温差に身体がついていってない。今日は寒い方らしいけど、それでも大沼で言えば9月ぐらいの感覚だ。こら、風邪ひかんように気いつけんと・・・。


出迎えた義理の父が「よく来たねぇ~。まあ、ゆっくり休んで。あとでウチのパソコン3台も診てちょうだいね」。
予想はしていたが、やはり嫁はんの実家でも仕事と同じようなパソコンのメンテが待っていたようだ。まあ、この後向かう大阪の実家でも多分そうなるに違いない。

こら、せっかく来たのに九州観光する時間あるかいな・・・?
ま、必要とされているのはええことやし、人生そんなもんや。
海道を旅するならどの季節がいいのだろう?


私が聞かれたら6月~7月だと答える。新緑がまぶしく、花々が咲き乱れ、かつ観光客も少なくて快適だ。いろいろな意味で、本州とは違う北海道を手軽に満喫できる季節だろう。

だがもちろん、それ以外の時期でも魅力にあふれていると思う。

特に真冬だ。氷点下20℃や30℃なんて本州で体験できる場所は少ないだろうし、真っ白の景色だって捨て難い。運が良ければダイヤモンドダストやサンピラーなどの現象や、流氷も見られるのだから。
そして、クロカンスキーやスノーシューで野山を歩き、ワカサギ釣りをして、雪見の露天風呂にでも浸かれば、冬の北海道の虜になること間違いない。


しかしながら、北海道の冬の旅では、あることが旅行者を待ち構えている。



先日札幌に行った帰り。
時間があったので、ちょっと寄り道することにした。

そう言うたらなんべんも北海道来とんのに小樽の「ニシン御殿」って行ったことあれへんなあ。
どうせ帰り道やし、いっぺん行ってみるか。

小樽の海沿いの道路を走るけど、車の通りがえらく少ない。まあ冬やから当然として、何かいやな予感がする。ひょっとして・・・


そして私の前に立ちはだかったのは

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「ニシン御殿は冬期休館中です」という無情極まる看板と、窓に板が打ち付けられて無残な姿となった御殿だったのだ。


そう。冬の北海道に於いて旅行者の敵と言えるものが、
「冬期休館」「冬期閉鎖」「冬期通行止」∑( ̄皿 ̄;
だ。


前述の通り、氷点下20℃程度にもなる冬の気候は厳しい。雪だってかなり積もる。
なんぼええ季節やとはいえ、けっして万人向けではない。
この時期に北海道に来ようとする観光客は、何度も夏の北海道に来て飽き足らなくなった人か、怖い物見たさで極低温を体験したいという人か、あるいはオフシーズンツアーの安さに惹かれた北海道初心者の人たちといったところだろう。
よって、観光客の絶対数は少ない。

そうなれば、施設を開けておくだけで暖房代は半端でなくかかるわ、除雪にも手間と費用がかかるわ、その割に観光客は少ないから儲からんわで、そりゃ冬の間は閉めておきたくもなるだろう。
道路だって、夏は放っておいても問題ないけど、冬になると得てして交通量の少ない山間の道路ほど雪が積もって除雪にえらい金がかかるようになる。

何年か前に真冬の夕張に行った時、どうせ開いてないだろうと思って「石炭の歴史館」をガラス越しに覗いたら受付のおネエちゃんと目が合ってびっくりしたことがあった。「良かった~。開いとった」と、他に誰も観光客がいない中を貸し切り状態で見学したのだけれど、その後そういう言わばムダな運営をしてた夕張がどうなってしまったかは皆さん御存知の通り。

スキーやワカサギ釣りなど冬ならではのものを除き、「夏に1年分稼いで、冬は閉める」のが北海道の観光産業の合理的なやり方なのだ。
ほかにも大沼のカヌーツアーのように、湖が結氷して物理的に不可能になる場合だってある。

だから冬の北海道に来て、事前の情報収集をあまりせずに夏の感覚で観光しようとすると、現地に着いてヒサンな目に遭うことになる。



さて、まあニシン御殿は逃げやせん。また夏にでも来れるだろう。
なら、すぐ横にある小樽水族館に行くか。

15年ぶりだ。余談ながら当時のカノジョとの初デートがココで、珍しい「ペンギンショー」があったのだった。アシカショーのようにMCさんが「ペンギンのジャーンプ!」と叫ぶと、飼育員さんがジャンプ台に上がったペンギンのお尻を押して落としていて、「そらジャンプと違うて突き落としやがな-!」とツッコミを入れそうになったのを憶えている。

そして覗いてみると、

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ここも冬期休館かい!!
アシカらしき声は聞こえるし、飼育員さんが歩き回っているのも見えるけど、やはり接客経費はペイできんと言うことか・・・。


よっしゃ、ここもダメやったら最後の砦は小樽市博物館や。

鉄道ファン(けっしてマニアではない)の私にとって、なかなか貴重な北海道の国鉄時代の車両が展示されていて、しかも車内にも入れるここはちょっとした憧れでもあった。今まで行っていなかったのが不思議でもあるけど、丁度ええ機会だ。前の二つが開いていなかったので時間はたっぷり余っている。じっくりと見学させてもらおうではないか。

ここはちゃんと開館中だった。ホッとしながら入場券を買おうとすると「冬期入場料300円(通常400円)」と書いてあるじゃないか。

おっ!冬場は客が少ないから料金割り引いてようけ入ってもらおう言うワケか。なかなかのアイデアやないの。石炭の歴史館と違うてこっちはまあまあ見学客もおるようやから何とかなるんやな。
こら、冬場に来た甲斐があったわ。人の多い夏場よりゆっくり観れるし、最後にゃええことがあるもんや~。


しかし、料金が安い理由はしっかりとあったのだった。

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ブルーシートでなんも観られへんやんけ!!!

雪対策で、屋外に展示されてる車両はほとんどブルーシートにくるまれているのだ。もちろん車内にも入られへんし・・・。あ~、日本唯一の現金輸送車「マニ30」の中も観たかったな~。
もちろんこれは屋外展示だけで、屋内にある展示は全部観れたのだけど、思わぬ落とし穴だった。


「開館中」だからと言って油断は禁物。やっぱし、観光のベストシーズンはあくまでも夏のようだ。

2006.01.01 初・除夜の鐘
年明けましておめでとうございます。
このブログも去年半ばより更新をサボっておりましたが、ここに来てあまりの筆無精さに危機感も覚えるようになったので、心機一転、再開してゆくつもりです。


新年は、奈良の山奥にある寺で迎えた。
いつもなら北海道の大沼で、元ユースホステルの常連さんたちと呑んだくれて過ごしているのだが、今回は久々に地元(に近い場所)だ。雪のない年越しだ。


さて、寺で新年を迎えたとあって、この歳になって初めて除夜の鐘というものをついたのだ。そして、除夜の鐘の裏事情や、あの鐘の下でどういった光景が繰り広げられているかを初めて目の当たりにすることができたのだった。

まず、あの鐘を百八回(煩悩の数だと言われているが諸説あり)つくのは誰でも知っているだろう。しかし、ただつけばいいのではなく、実は新年を迎えた瞬間に百八つ目をつき終わるのが本当の姿なのだそうだ。

ところが、現実はそうはいかない。寺の人間だけでなく、一般参拝の人も入れ替わり立ち替わりついてゆくのだから、そんなタイミング良く終われる筈がないのだ。特に一般の人たちはどうしても速い間隔でついてしまうらしく、新年を迎えるまで鐘の音をキープするためには百八回では済まずに、たいてい百三、四十回はつかなければならないのだという。

夜11時40分過ぎ、境内の隅にある鐘楼には明かりが灯り、まずは住職が「南無阿弥陀仏ー」と唱えながら、その小柄な身体に合わないような勢いで撞木を思い切り振り下ろす。近くで聞くと脳天まで響き渡るようだ。横で回数をカウントしている寺の人も、これを間近で百三十回以上も聞くとはかなりの大仕事だ。

そして寺の関係者が終わると、一般参拝客の番だ。
テレビなどを見る限りでは知らなかったが、鐘の横には畳が敷かれ、その上では副住職が鐘の音に合わせて繰り返し南無阿弥陀仏を唱えながらひざまずいているではないか。聞くとこれは「五体投地」と言い、両肘、頭、両膝を地面(畳)につけることによって旧年の罪を懺悔し、仏に感謝を表すのだそうだ。
「五体投地」はチベット仏教などが有名で、地面にうつ伏せで寝そべってつま先、手の指の先まで地面につけるのを見たことがある。巡礼では数歩歩くごとに五体投地しているのだから大変だ。日本や中国の大乗仏教と違って、アジアの上座部仏教はこういう所でも戒律が厳しいらしい。

貴重な経験ができた。これで今年も御利益がありますように・・・というのはちょっと都合が良すぎるか・・・。
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