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ラオス側国境で発車を待つバス
ラオス側国境・クロンで発車を待つオンボロバス。ちなみに左端のお姉ちゃんは、かわいい顔してガメツい両替屋。しつこく「途中でキープ(ラオス通貨)必要になるよ」と、レートの8割以下で両替させようとしやがる。


日は、ここベトナムのフエから、ラオスのサワンナケート(サバナケット)へのバス旅でだ。


国境越えも要は「慣れ」だろう。日本への出帰国を加えればもう6回目だ。出入国カードの書き方などは国ごとに流儀があるものの、もう書くことのパターンも分かってきた。陸路での3時間待ちもあったし、もうどんと構えていられる。

あとの不安は、目的地まで順調に進むか否かということだ。言葉の通じない一般路線バスを乗り継ぐのはリスクが多いので、いつも旅行会社が運行するツーリスト専用バスを使うのだが、これが期待通りにいかない。
私が経験した2回のパンクなどまだいい方で、エアコンも椅子も壊れたバスで炎天下のダート道の移動とか、突然目的地の手前で運行打ち切り、待っていたバイクタクシーに高額で乗り継がされたとか、時々ろくでもない話を耳にするのだ。


さて、今回は「全行程ツーリスト専用バスで、国境での乗り換えはなく一本で行ける」と申し込んだ旅行会社にちゃんと確認しておいたのだ。にもかかわらず、朝6時過ぎに迎えに来たのはちょっと古めのワゴン車だった。話が違うやないかコラァ!今回も何となくいやな予感がしてきたで・・・。

どうやらその日国境を越えるのは、私を含めワゴンに乗っている7人だけらしいのだ。う~ん、確かにこの人数でバスを出せと言うのは酷かもしれん。別に椅子やエアコンが壊れてはいないので、まあ良しとするか。

ワゴンはやはり豪快に追い抜きながら、途中のドンハを通過し、国境のラオバオへの坂道に入る。

このあたりの風景も、日本とよく似ている。平地には水田が広がり、山岳地に入るとそれが小規模な棚田になる。そしてぽつりぽつりと農家らしき家。時々集落がある。

そのうち山も険しくなり、道も細くなって峠越えのような様相になる。舗装路なのが幸いだ。しかしながらこんな道でもどんどん追い抜きを掛けながらぶっ飛ばすベトナムの運転は、はっきり言って恐怖である。いつか事故起こすぞ・・・。

9時半に、山間の国境に到着した。所要3時間とは、思ったより速いな。これならイミグレが混む前に通過できそうだ。

出国手続きもすぐに完了。そして歩いて国境を越える。ラオスのイミグレでも入国手続きとビザの取得はあっという間に済んだ。なんだか拍子抜けである。こっちの国境越えは物資輸送の車が多いせいでえらく時間がかかるらしいのだが、今日は車も全然いない。こりゃ結構早くサワンナケート入りできるかもしれんな。

今回はそれほどイミグレの建物の違いにもびっくりせず、両替屋のお姉ちゃんとブタがたむろしてるだけの静かな国境だった。


これは順調だと思いきや、だ、。ラオス側で待っていたのはツーリストバスでもワゴン車でもなく、どう見ても普通の路線バスにしか見えない古めかしいエアコン無しバスであった。

またも話が違うやないか!!あの旅行会社のおやじを連れてきて締め上げたいところだが、恐らくそこは取次店に過ぎないのだろう。バスを出している会社があって、いくつかの旅行会社がその予約を取り次いでいる。それなら「全行程ツーリストバスで、国境での乗り換えはなしか?」という質問にも「Yes」でしか答えようがないだろう。せっかくあちこちの旅行会社をまわって確認したのに、意味がないではないか・・・

我々の背負っているでかいザックは、屋根の上に他の荷物と一緒に積まれてしまう。大丈夫かいな?もし落っこちたら、二度と手元には戻るまい。
車内はまだがら空きだった。これは不幸中の幸いだ。陽が当たらなくて乗り心地の良い席を取れたのだから。


2時間近く待たされ、やっと出発だ。


こんな古めかしいバスだが、これでもツーリストバスであってほしい・・・と抱いていた僅かな希望は掻き消された。

このバスは紛れもなく普通の路線バスだった。我々7人の他は、全て地元の人たちなのだ。車内は何を言っているのか分からないラオ語の会話が飛び交い、何とも騒々しい。

おまけにしばらくすると運転手が、ラオスかタイの歌謡曲らしい音楽を大音量で流し始めるではないか。おいおい、ただでさえやかましいのに、まさか眠気覚ましか!?乗客もそれをうるさがる風でもなく、さらに上回るようなボリュームで喋っている。やめてくれ~!と言いたいところだが、そのラオ語も分からない・・・。

満員だが、途中でまだまだ人は乗ってくる。通路には補助席代わりのプラスチック椅子が置かれ、運転席の脇にも人が座っている状態だ。まともな席に座れたから良かったものの、もしこんな所に座らされていたら「金返さんかコラ~!!」と暴れ出していたかもしれない。ただローカルバスではこんな満員状態も珍しくはなく、たまに補助席代わりにハンモックを吊すこともあるそうだ。


こんな調子で、私も初めのうちはうんざりしていたのだが、そのうちこの雑然とした雰囲気が楽しくもなってきた。これも先日乗った列車と同じで、ツーリスト専用バスでは味わえないのだから。

途中の集落で停車して屋根上の荷物を降ろしたり、そのたびにジュースを持った物売りの子供たちが乗り込んできたりもする。走っている最中に後ろの方から「×△○~!」と声がして急停車。乗り過ごした人が走ってきたり、なかなかローカルな風景が繰り返されている。
車窓には、またベトナムとも違うジャングルが広がり、時々簡素な木造の家がある。カンボジアに近いかもしれない。

バスは綺麗に舗装された道を快走する。話に聞いていた未舗装悪路は1年くらい前までの話で、今の道は山岳路ながらベトナムの国道みたいに立派である。未舗装路も面白かったかもしれないが、やはり舗装路の旅は断然楽だ。

サワンナケートには17時に着いた。所要4時間半。以前は6~7時間かかっていたらしいから、舗装路の偉力だろう。


とりあえず「もう旅行会社の言うことは信用せんぞ!」と思ったバス旅であった。

フエのゲストハウス内部
フエの「VangCanhHotel」インサイドシャワートイレ付き、ツインで7ドル。寒いのに、シャワーの温度がすぐ下がるのは難点。しかし部屋は広い。

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下町の駄菓子屋にて
路地にあった駄菓子屋にて。


、書こうとしたのだが、訂正したい。「観光地のガキは可愛くねえ!」と。


ベトナムは、タイに次いで東南アジアの中では豊かな国だ。

そのせいか、カンボジアのような瞳のキラキラした子供と出会わない。日本ほど澱んだ眼ではないが、欲しい物が手に入り、何でも見慣れて好奇心が失われかけた眼をしている。塾に通って遊び時間もゲーム機に没頭するようなことだけにはならないで欲しいと思う。


ホイアンの旧日本人街やフエの王宮近くで見かける子供は、ホーチミンのような都会で見かける子供に比べるとまだ生きた眼をしているが、どうもタチがよろしくない。外国人と見るや、すぐ集まってきて「Hello!Hello」と言いながら物をねだるのだ。

物乞いの子供はカンボジアでも沢山見てきたが、ベトナムの子供はきっちりと学校の制服など着ていて綺麗な身なりをしている。きっとカンボジアと比べものにならない満足な生活をしているはずだ。それなのに物をねだるとは何事!

しかもねだるだけならまだしも、持っている食べ物を強引に奪っていこうとさえする。何すんねん!くれくれ言うだけやったら、やろかいう気になるけど、とったら泥棒や!お前らにはやらへんぞ!

ホイアンのガキどもは学校帰りか知らんが、何か食べながらも、私が持っていたミカンをくれくれと言う。お前今食うとるやんけ!それ先に食うてから言え!欲張りな糞ガキだ。しかも半笑いで私を見上げるのだが、どうにも可愛くない。
フエのガキどもは、泥遊びで汚れたズボンをなぜか差し出しながら、持っていたキャラメルをくれという。そのズボンは何や?代わりを買うてくれとでも言うんか?ズボン以外は綺麗な身なりをしとるやないか!お母ちゃんにキャラメル買うてもうて洗濯してもらえ!


そういう子供らは目つきも悪い。外国人を、金か食い物が歩いてるようにしか見ていないのが丸わかりである。


また聞くところによると、ベトナムの観光地で子供の写真を撮ったら大勢群がってきて、しつこくつきまとわれて金をせびられることも多いらしい。

何もかもカンボジアと比較してしまうが、あちらの子供はもっと純真そうやったぞ。しつこくないし、生活のためなのか眼が真剣だ。もっと可愛げもあったし。こっちのように外国人をからかっているような素振りはなかったではないか。下手に豊かになると、子供たちも堕落してしまうのか。


憮然としながら、フエの下町に行った。ガイドブックには「古い街並みが残っている」ぐらいしか書いていなかったが、普通の街を見てみたかったのだ。観光地に辟易していたのもある。

すると、そこではベトナムの普段の生活が広がっていた。バイクや自転車が行き交い、アオババを着てノンをかぶったおばちゃんが荷物を担いで歩いている。観光地のようにバイクタクシーやシクロもしつこく声を掛けてこない。歩いていてなんと気が楽なのだろう。

そして子供たちも外国人を物珍しそうに眺める。時折微笑みながら手を振って「スィンチャオ」とベトナム語で声をかけてくるくらいだ。ゴム跳びをしている子にカメラを向けると、恥ずかしそうにポーズを取ってくれる。もちろんその後も「何かくれ」みたいなことは言わない。何よりも眼が輝いている。こんな子供たちを見たのは久しぶりだった。


だいぶ救われたような気がした。やはり外国人慣れしていない地域の子供たちはこうなのだ。観光地だけをまわってその土地や人を判断してはいけないということがよく分かったのだった。


路地で遊ぶ子供たち
路地で遊ぶ子供たち。
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ちょっと後ろから失礼します。
ちょっと後ろから失礼します。


日ホーチミンで、日本人がアオザイを着たとしてもいやらしくなるだけだとこのブログに書いた。
ところが案外そうでもないことが分かったのだった。


ベトナム中部の町、フエ。
ここは旧王宮が世界文化遺産に指定されてはいるが、それ以外にはこれと言った見所が少なく、あまり観光地化もされていない素朴な街だ。

その広い王宮をひとしきり見て、休憩していた時だった。

まだうら若き女性が二人、前を通った。それぞれピンク色と薄い水色のアオザイを着ている。それだけなら別に珍しくも何ともないのだが、顔がどうも日本人ぽい。おまけに髪も茶色で、これはどう見ても観光客に違いない。

そしてさらに様子を見て(けっして尾行したわけではない)いると「地球の歩き方」なぞ取り出して見ているではないか。間違いない。しかし日本人でアオザイを着ている人を見たのは初めてだった。


話しかけてみると、大学の卒業旅行で来ているとのこと。アオザイはハノイでオーダーしたそうだ。


お世辞ではなく、お二人ともスリムなせいか全然違和感がない。かなり似合っている。しかもスケベ心をそそられる(失礼)ようなこともなく、実に自然でもある。

日本の風景の中で着ていたら違和感を感じるだろうが、ここベトナムなら日本人のアオザイ姿も大いに結構ではないか、と思ったのだ。
ごつい欧米人が着ていても、案外似合うかも知れない。民族衣装が似合うか似合わないかは、着る人よりも周りの風景に左右されるのではないだろうか。

土地や風景と一体になった衣装。例えば郷土料理も、その土地に根付いてきた食べ物だ。その風土を象徴しているし、その土地で食べる方が断然旨い。
そう考えると「身土不二」といういう言葉が改めて思い出されてきた。


そこで一旦分かれたが、帰りに宮廷料理のレストランでばったり再会してしまった。

そして、シクロ(三輪自転車タクシー)の兄ちゃんにつきまとわれているというので、宿の近くまで送ってあげることにしたのだ。
レストランを出るとすぐさまシクロやバイクタクシーが寄ってくる。付け入る隙も与えないように「No!ThankYou!」を連発して足早に立ち去る。

やはり観光客のアオザイ姿というのは注目を浴びるらしく、他の観光客に写真を撮られたり、たまに地元の若者に痴漢まがいのこともされたという。実際、帰り道のほんの20分くらいの間に、バイクで抜きざまにお尻を触ってゆくけしからん輩が2人もいたのである。「バカー!」と片方が怒鳴っていた。

男どもには、やはりスケベ心をそそられる衣装なのだろうか?


フエの王宮の外壁
王宮を取り囲む城壁はそのまま残っていて、その門は普通の生活道路になっている。
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只今修理中
峠の途中で修理中。もう何時間も止まっているようだ。いつ動き出せるやろう?お気の毒に・・・。


不知とは、富山県と新潟県の県境で、北アルプスの急峻な山がそのまま日本海に突き出て終わっている。海のそばまで山が迫っていて、鉄道も道路も蛇行しながら断崖にへばりつくようにして通っているのだ。
越中と越後の境。風土や文化の境でもある。


今回東南アジアに来て、タイ、カンボジア、ベトナムと一回も山らしい山を見ていなかった。バスも鉄道の車窓も、平地に広がるジャングルや畑ばっかりで、少々飽きていたのだった。

ところが今日、ホイアンからフエという町にバスで移動する途中に、どえらい峠越えがあったのだ。海のそばまで山が迫り、まさに親不知越え。しかもこのハイバン峠はベトナムの風土と文化を南北に分けているという。フォー(ベトナムのスープ麺)のだしの色が変わったり、ベトナム語の訛りも違ったりするのだろうか?


ホイアンからバスで2時間。左側から急に山が迫ってきて、道路も鉄道も海側ぎりぎりまで追いやられると、いよいよ「しょうがねえ。登るべ」と言った感じで峠越えが始まった。

坂は特別なほど急ではない。日本の一般的な峠道とさして変わらないと思う。そしてベトナムを南北に貫くメインの国道らしく、コンテナを積んだトレーラーやトラック、バスなど大型車が多い。

2車線で登坂車線もないので、遅い車に追いつくと相当なノロノロ運転になるが、そこは運転の荒いベトナムだ。すぐさまクラクションを連発して、ブラインドコーナーであろうがお構いなしで抜きにかかる。おいおい、こんな山道で正面衝突は後免やぞ!しかも道の片側は貧弱なガードレールしかない断崖なのだ。

「ベトナム中部で、邦人旅行者を乗せたバスがトラックと正面衝突。バスは崖下に転落し、乗客乗員は全員死亡と見られる」という新聞記事が頭をよぎる。

時々、何台かが続いて抜こうとした時に対向車が来て、運良くぶつからずに止まれたものの道が詰まって団子状態になったりもする。まさに交通ルールなど無いも同然のようだ。怖いが、この秩序のなさは見ていて何となく楽しい。


しかしながら、眼下には南シナ海と、ジャングルの中をクネクネと蛇行しながら通る線路。そして後方には南部の海岸線と登ってきた道路が見えて、なかなかの絶景だ。曇っていて海は綺麗に見えないのが少々残念でもある。


30分ほど登ると、標高600mのハイバン峠だ。ガイドブックには大抵のバスがここで休憩を取ると書いてあるのに、このバスはスルーしてしまう。え~!?ちょっとくらい休憩してもええやんか~!景色の良さそうな峠やのに~!


今度は延々と続く下り坂になるが、登りの道よりもやや狭くて急だ。おまけに登りには1カ所しかなかったヘアピンカーブもあっちこっちにあって、日本にあったらさぞかし峠族の溜まり場になるだろうな。しかしここでは車が後輪を滑らしていたり、あのカブのようなバイクを倒し込んだりして峠を攻めている風景には一向に出会わない。

その代わりにやたらと出会うのは故障中のトラックとバスだ。みんな車輪に石を置いて止め、エンジンルームを開けて何やら考え込んでいる。バスの乗客も周りに集まって心配そうに見守っていたりする。もしここで日が暮れたらどうするのだ?
やはり日本と違ってマメに整備をしていないのだろうか。日本の峠で故障車を見ることなど稀なのだから。

ただ、その故障車があるたんびにえらく渋滞しているのだから困る。誰かが交通整理していればそれでもスムーズに通れるのだが、早いもん勝ちと言いたげに、速い車から故障車の横をどんどんすり抜けるのだ。前に加速の遅いトレーラーなどがいると、それがいつまでも通過できずにつっかえる羽目になるではないか。譲り合いの精神ちゅうのを持とうや!ホンマに!

とかなんとかしているうちに下まで降り、峠越えは終わった。

そこには山が近くまで迫り、青々とした水田が広がる風景があった。ヤシなど南国の樹は少なく、日本の風景のようである。
確かに峠の前はもっとジャングルのある南国的な風景だった。風土が変わった表れだろうか。あとはフォーの味をチェックしてみよう。ベトナム語は分からんので。


13時。いかにも静かな地方都市、フエに着いた。

快適だが、寒い・・・
ホイアンの「MyChauHotel」。ダナン駅からバイクタクシーに乗ったら、自動的にここに連れてこられた。しかし清潔だし、なかなか良かった。これで、かつインサイドシャワーもあって8ドル。冷房もあったが、暖房が欲しいほどの寒さだった。あと、アリには要注意。
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福建会館
ホイアンは世界文化遺産だけあって、歴史ある街並みだ。しかし、主要な建物を巡るとなると、なんと7万5千ドン(約520円)で5つの施設を入場できるチケットを買わねばならない。こっちの物価からすれば信じられん価格設定だ。
そうして入った福建会館は、その名の通り完璧に中国風。しかし今日もどんよりした曇りで、全く絵にならん・・・。

蚊取り線香みたいだが、ちゃんとした線香
なんでこんなに蚊取り線香がぶら下がってるんや?と思いきや、別に蚊を取るためではなく、ふつうの線香とのこと。中国式は何でも派手やなあ。

いい感じの建物がたくさん残る
いい感じの建物がたくさん残る。しかしたまに崩れそうなのもあるぞ・・・。

ちょっと派手すぎる色では?
時たま、壁を淡い黄色や水色やピンクに塗っている建物もある。う~ん、昔の写真にあるような、くすんだ壁の色ではいかんのかなあ。

川縁にはひっきりなしに船が
トゥボン川には、ひっきりなしに船が発着している。対岸とを結んでいるらしいが、いつも人や自転車やバイクが満載だ。よほど便利なのだろう。

汚い川だが・・・
漁をしている風景も見られる、が、少しドブの臭いさえするこの川だ。大丈夫なのだろうか?
ホイアン名物の焼きそば
期待しつつホイアンまで北上してきたのに、天気は悪く、しかも寒い。なんでアジアで気温17度しかないのだ?
と言う訳で、今日はとりあえず名物を食べることにした。これはホイアン風焼きそば「カオラウ」。7000ドン。伊勢うどんのルーツだという説もあるが、何でこれがあの甘辛うどんになるの!?
ともあれ、リーズナブルで旨い。

やはり名物の揚げ餃子
名物の揚げ餃子。皮がパリパリして香ばしい。

これがホビロン
ホイアン名物ではないが、「ホビロン」はアヒルの卵を孵化する途中で食べる。噂通り、ゆで卵と鶏肉の両方の食感がした・・・。ふと見ると、形成しかけの血管のような物が・・・。ちと勇気がいりそうです。
ごつい客車列車や貨物列車と行き違う
ごつい客車列車や貨物列車と行き違う。普通列車も相当走っているようだ。


が覚めた。

窓の外を見ると、どこまでも広がる平原だ。時計を見ると14時過ぎ。おばちゃんもまだ熟睡中のようだ。ちょっと先頭まで行ってくるか。

ソフトベッド10号車は2段寝台なので、ベッドに座っても頭の上は余裕がある。ベッド幅は60センチくらいか。窮屈なほど狭くはない。ただ欲を言えば各ベッドにカーテンが欲しいところ。廊下は話し声もあまり聞こえず静かだ。やはりちょっと上級・・・ふうな雰囲気かもしれない。
しかし9号車冷房付ハードベッド。8号車冷房無しハードベッド、7号車冷房ソフトシート、6・5号車ソフトシート・・・と先頭車に近づくに従って、だんだん雑然とした庶民的な雰囲気に満ちてくる。

ハードベッドの部屋の中ではおばちゃんらが寝転がりながらトランプに高じていたり、話が盛り上がっていたりしてやかましい。かと思えば6人とも爆睡中の部屋もあったりする。ほとんどドアが開け放しで、口をあんぐり開けたおっちゃんの寝顔も丸見えだ。気にしない気にしない。

ソフトシート車は、かなりリクライニングが利いて座り心地も良い、日本の特急列車のような4列シートだ。ほとんどの人は起きていて話に夢中だが、しかし日本で言えばグリーン車。どことなく落ち着いた空気が漂っている。

そして4~1号車ハードシートは一両を除いてクッションもない木製の4人向かい合わせ席で、これはもう街なかのような喧噪だ。人垣が出来て議論の最中だったり、段ボール箱を開けて自分の商品を勝手に売ってしていたり、席を4人分占領して横になっていたり。また、車内販売のお姉ちゃんがここで立ち往生していた。結構繁盛しているようだが、客との世間話にもかなり忙しいらしい。

私が通ると、一斉にみんな固まって見送ってくれる。一度はここに乗ってみたいのだが、それこそ「何で外国人がここにいるんだ?」というような視線を浴びるに違いない。ちょっと怖くもある。

しかしながら冷房無しは結構辛い。かなり暑いし、窓からも熱風が吹き込んでくるようだ。暑期など外国人は苦行になるだろう。そのせいか、冷房車ではほとんどの人が気持ち良さそうに寝ている。
あと、シャワー室などという気の利いた物はなかった。トイレも垂れ流し式で、綺麗とは言えない。日本の鉄道が特別なのだろうが。


満足して部屋に戻る。車窓は相変わらず変化がない。平原の中に時々民家と道路、丘のような小さい山が見えるだけなのだ。海も見えないし、峠越えもない。どうも退屈になってきた。


16時半。やっと一つ目の駅に停車だ。
列車は昔ながらの手動扉なのだが、開けようとしても開かない。すると車掌が「ハイハイ、どいてどいて!」と手で合図して、ドアの下に掛かっていた南京錠を取り外した。なかなかの安全対策だ。でも窓の金網といい、列車強盗の対策とちゃうか?などと考えてしまう。

乗り降りの客はまばらだった。でも列車交換があって、ハノイ方面から青白赤に塗り分けられたスマートな客車列車が到着したではないか。「SE1」と書いてあって、これぞ最速の特急なのだ。ただ、窓越しに車内を見た限りでは、さして高級ではないようだ。車両が新しいから綺麗に見えるだけかも知れない。


17時。外も薄暗くなった頃、いきなりテーブルの上に、パックが乗っかったトレイと水入りのペットボトルが置かれる。
ベッド車は簡単な食事が出ると聞いていたが、これか?夕食にしては早すぎはせんか?後で食べようと置いておくと、おばちゃんや車掌が「早く食べろ」みたいなゼスチャーをするのだ。まだそないに腹は減ってないのだが、しゃーない。食べるとするか。
パックを開けると、ご飯、高菜のスープ、青パパイヤと豚肉の炒め物、何か分からない肉の煮物だった。う~ん、機内食よりもシンプルだ・・・。まずくはないが、ちょっとボリューム不足か。どうせなら食堂車を繋いでいてくれると嬉しいのだが。

夜も更け、星明かりと僅かな家の灯だけという漆黒の中を、時々行き違い停車しながらも列車は走る。
しかしながら、思っていたほど乗り心地は悪くない。スピードも速い時は90キロぐらい出していて、しかも旧型の車両なのにだ。これなら大阪近郊の新快速の方が遙かに揺れる。


20時頃、ドアを叩いて車内販売がきた。ちなみに車掌と同じ服装をした男の人だ。お粥はいるかと言う。5000ドン(30円)。あんな時間に夕食をとったものだから、小腹がすいてきている。頂くとするか。「チャオ・タップカム」という具の少し入ったお粥で、なかなか旨い。しかしなんで今頃お粥なんだろう?夕食は1回で済ました方が効率いいのに。こちらの食生活はそうなのか?

食べ終わって一息ついたところで、向かいのおばちゃんも寝始めた。そろそろこちらも寝るとするか。明日は7時41分着なのだ。寝坊したら終わりだ。


翌朝、周りがやかましくなり、6時半には目が覚める。

既に朝食がテーブルに置かれている。開けてみると炒めたビーフンだった。これもまずくはないが、「旨い!」と言えるほどの料理はやはり期待できんのか・・・

車窓にはやっとジャングルが広がる。
しかし窓を開けると寒い!暑すぎるホーチミンから少し北に移動しただけなのに、フリースが必要かと思う寒さだ。少し不安になってくる。防寒着はあまり用意していないのだから。

そして8時20分、ベトナムの歌謡曲みたいなのがけたたましく流れると、それから到着の車内放送が始まった。やっとダナンに到着だ。

サイゴン駅を少し小さくしたようなダナン駅に降り立つ。
思わす身震いするほど寒い。駅を出ると、すぐさまタクシーやバイクタクシーのおっちゃんが群がってきた。ちょっと値切ってみて、一番安かったバイクタクシーに乗ることにした。目的のホイアンはここから1時間弱だ。


それにしても到着40分遅れか・・・。日本は律儀だなあ。どんな長距離列車でも定刻きっかりに着くのだから。あと車掌さんのラフな格好と丁寧とは言えない対応、トイレや洗面所など車両全体の汚れと、ドアがきしむといった整備具合などなど、日本の鉄道の鉄道の優秀さを再確認した旅でもあった。

ただ、この列車で見た雑然とした雰囲気は、日本ではもう味わえなくなった。スピードと利便性を追求した結果、のんびりしたローカル線や客車列車、汽車旅の醍醐味ともいえる寝台車や食堂車が次々と消えていったのだ。
子供の頃に乗ったことのある夜行の鈍行列車を思い出した。ちょうどこの列車のような雰囲気だったと思う。あんな牧歌的な汽車旅は、もう日本では出来ないのだろうか。

朝食はソーメンの炒め物。う~ん、やっぱし質素
朝食はソーメンの炒め物。沖縄のソーミンチャンプルーにそっくりだが、う~ん、やっぱし質素。

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サイゴン駅で発車を待つS6列車
サイゴン駅で発車を待つS6列車。手前がこれから乗る冷房付きソフトベッド車だ。


南アジアを旅するバックパッカーにとって、一番ポピュラーな移動手段はバスだろう。

各地の旅行会社が主要都市や主要観光地を結ぶバスを出していて、安い(数百キロの移動でも5ドルとか)・便利(ゲストハウス街を相互に結んでいる)・安全(外国人旅行者しか乗っていないし、最近は沿道の治安も良くなっている)の三拍子揃っているのだ。

しかしながら、狭い空間に長時間詰め込まれるので、それなりに疲れる。横にもなれないし、丸一日など乗ったら尻や背中が痛くて、次の日の午前中まで確実にダウンする羽目になる。


今回、ホーチミンからベトナム中部の町・ホイアンに行くために、列車を使ってみた。

バスなら乗り継いだ上に24時間以上もかかるが、列車なら19時間の上に、寝台車も連結していて寝ながら移動できるのが強みだ。そして何よりも、私は鉄道ファンの端くれ(決してマニアではない)であるので、一回くらい列車に乗ってみたかったのだった。

海外で列車に乗るのは初めてだったので、念のため旅行会社にいろいろ聞いた上で切符もとってもらった。

サイゴン(ホーチミン)発ハノイ行きS列車(日本でなら急行列車に相当。もっと速いE列車、SE列車もある)の「ソフトベッド」という最上級寝台車で、ホイアンまで約30ドル。バス料金の三倍だが、差にすれば20ドルだ。それで快適に過ごせるのだから我慢しよう。

12時30分発のS6列車。ホイアンは翌朝7時41分着だ。ベトナムの列車は、遅れても30分くらいだそうで、世界中の鉄道からすれば優秀だろう。世界各地には半日くらい遅れたり、1時間くらい早く出発する鉄道も珍しくはないのだから。

ちなみにベトナムの長距離列車は、2段式4人コンパートメント寝台で冷房付の「ソフトベッド」、3段式6人コンパートメント寝台で冷房の有無がある「ハードベッド」、リクライニングシートで冷房の有無がある「ソフトシート」、4人向かい合わせ座席で冷房無し「ハードシート」と冷房の有る無しを含めれば6階級に分かれている。
中国の列車の「軟臥・硬臥・軟座・硬座」に倣っているな。日本も昭和50年代までの長距離列車全盛時には、これに近い編成の列車があちこち走っていたのだ。

とりあえずカメラやパソコンなど貴重品も多いので最上級の「ソフトベッド」にした訳だが、それでも日本の寝台を考えれば安いもんだ。日本の夜行寝台特急「トワイライトエクスプレス」や「カシオペア」に連結されている最上級の「スイートルーム」なんぞ、一晩乗ったら運賃込みで1人4万円以上もするのだから。もっとも、最上級のレベルも違うのだが。


3月1日、ゲストハウスからタクシーでサイゴン駅に着く。

割とこぢんまりしていて、ベトナム第二の都市の中心駅には見えない。日本の地方都市のローカル駅、釧路駅とか高知駅あたりに似ているのんびりした雰囲気だ。
中は大きな荷物を持った現地人で混んでいて、一斉に奇異の視線が突き刺さる。よほど外国人は珍しいのか?そう言えば、外国人は欧米人のバックパッカー1人しか見えない。駅には英語の表記もない。そりゃ珍しいはずだ。

外で昼食をとって戻ってくると発車30分前。もうアオザイ姿の駅員さんが改札している。

日本と違って50センチくらいの高さしかないホームに上がると、待っていたのはグリーンに黄色い帯を巻いた、どう見ても無骨で旧型にしか見えない客車列車だった。しかもいろんな年式の車両が混在していて、編成が凸凹だ。このあたりも日本の古い長距離列車みたいだなと思う。

先頭まで見てみると、列車は機関車の後に荷物車2両、客車が10両、そして荷物車兼電源車(発電機の音がした)1両という編成で、ソフトベッド10号車は後ろから2両目だった。
隣のハードベッド車よりこっちの方が旧型で汚れて見えるな。おまけに窓が警察の護送車みたいに金網張りではないか。陰気やな・・・などと思いながらステップを上がって車内に入る。確かに古いが、汚くはない。廊下にコンパートメントのドアが並んで、部屋とベッドの番号が書いてある。

チケットを確かめて入ると、先客のアオババを着たおばちゃんが1人。いかつい野郎でなかっただけに少し安心する。軽く「スィンチャオ」と挨拶をするとおばちゃんも何か言ってきたが、ベトナム語らしく皆目分からない。片言の英語で聞き返してみるが、どうやら分からないらしい。折角のコンパートメントなのにコミュニケーションがとれないのは残念だ。ベトナム語の指さし会話帳でも持って来りゃ良かったなー。


そして、定刻12時30分、正確に言うと28分だったが、列車は客車列車特有のゆっくりした加速で滑り出した。

すぐに、かなりラフなワイシャツ姿の車掌が検札に来る。英語はあまり喋れないらしい。日本でも英語が出来る車掌さんはそんなにいないので、当然かもしれないが。

さて、先頭まで歩いて全車両をチェックしたいのだが、まだ隣のハードベッド車は全然落ち着いていない様子だ。ベッドのセッティングをしているのか、人が荷物を持って出たり入ったりして、まだ廊下を通れそうにもない。
まあ、先は長いのだ。景色も金網が邪魔で見る気にならないし、とりあえず一眠りでもするか。ソフトベッド車は最初からベッドがセットされていて、いつでも寝られるのだから。

つづく

ゲストハウスのフロント氏
ここ「RedSunゲストハウス」はなかなか良かった。このフロント氏がとにかく親切で、また唯一と言っていい、金銭面で信用できるベトナム人だった。でも顔はベトナム人っぽくないな。
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水上マーケット
2日目の朝。起きると早速、近くでやっている水上マーケットに向かう。無数の船が浮かんで、買い物や品定めをしている。

パイナップルが満載
これはパイナップル専門店。手前の船は、仕入れに来ているのだろう。

何を売っているか一目で分かる
各船には棒が立っていて、いろんな野菜をぶら下げてある。聞くと、その船で売っている物を示しているのだという。なるほど。

船の上の一コマ
船はお店だが、生活空間でもある。こういった光景もあちこちで見えた。

ライスペーパーを作っている
ベトナム名物、生春巻に欠かせないのはライスペーパー。途中寄った工場では、もうもうと湯気が上がる中で、一枚一枚手作業で作られていた。

揚げせんべいみたいなのを売っていた
ライスペーパーだけかと思ったら、揚げせんべいみたいなお菓子もあった。もっぱら子供のおやつか。

こちらでは洗濯中
洗濯や、食器を洗っているのをよく見かける。生活に欠かせないメコン川だ。ただ、メコンの水は泥で濁っていて、私たち日本人にしてみれば生活に使える水ではない。

洗髪中
髪を洗っている人もよく見かける。こんな汚い水で・・・とも思うのだが、こちらの女の人はみんなサラリとした綺麗な長髪をまとっていて、日本人よりよっぽど髪の傷みは少ないように見える。

独特な漕ぎ方の船
ボートのオールをX字型にして漕ぐのはベトナム独自のやり方だろうか。他の国では見たことがない。
メコンデルタツアー始まる
こんなボートに乗って、ツアーは始まる。


校の地理の授業で、必ずと言っていいほど出てくるメコンデルタ。そこを巡る1泊ツアーに参加した。例のTNKトラベルで、ゲストハウスの宿泊代込みで15ドル。

メコンデルタはホーチミン周辺の見所の一つでもある。広大なメコン川には島がいくつも浮かび、人々は川と密接に関わり合った暮らしをしている。それを目の当たりに出来る面白いツアーだった。

こんな水路で降ろされる
こんな水路の中にまで入ってゆく。

ココナッツキャラメル工場
降ろされるとそこは、ココナッツキャラメルの工場だった。ほとんど手作業で作られていて、甘い独特の香りが漂っている。

大河を往く
デルタでいくつもの支流に分岐するが、それでも川幅は広いところで数キロもある。島の間には、フェリーが大活躍。

水上ハウス
多くの家が、川にはみ出している。ひょっとして、下水は川に直行なのだろうか?少し気になった。

フェリーもバイクだらけ
やはりベトナムは、どこへ行ってもバイクだらけ。フェリーが着いた途端に吐き出されるバイクの数には圧倒されてしまう。
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