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をもって「冬の到来」というか?

雪国でない大阪や東京なら、特にそんな感覚はないだろう。ええとこ、木枯らし一号が吹くとか、12月になるとか、「そろそろダウンジャケット着るかなー」なんて考えるとかで、明確な基準のようなものはないように思う。

しかし、ここは北海道。
冬はいきなり目の前に突きつけられるのだ。
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「あら!積もったわ!」というのは雪のさして降らない地方の人たちの反応であって、これが北海道や東北や信州などの豪雪地方になると「ありゃ~、積もりやがったわ・・・」となる。

朝起きてこれを見たら、どんな人でも冬の到来を認めざるを得ないだろう。そして雪と寒さと戦う4ヶ月・・・朝起きたらまず家の前を除雪し、外へ出るにもまず車の暖機をし、雪道やアイスバーンにビビりながら運転し、家に帰ったら車のワイパーを上げ、寝る前には全ての水落し(水道の凍結を防ぐために、家中の水道の水を抜く)をするというメンド臭い毎日が始まるのだ。

19日から降り始めた雪は、翌20日の朝には写真のように十数センチまで積もった。
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これが11月の雪国だ。
まだ根雪になるには早くて、一回は融けてしまうだろう。でも夜にはもう気温は氷点下にまで下がる。
そうするとどうなるか?
昼に雪が融けてびしゃびしゃになった道路が、夜には凍り付く。そう。世にも恐ろしい「ブラックアイスバーン」の出現だ。

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駒ヶ岳も、もう完全に冬山の様相を呈している。12月になれば、湖面が凍結を始めて一面真っ白になる。


そして仕事から帰りがけ、更に冬の到来を実感することがあった。

道の電光掲示板に「事故。迂回道路あり」とある。雪の降り始めの頃、こんな表示を頻繁に見かけるようになる。
約8ヶ月ぶりの雪道の出現に、それまで夏の運転に慣れきっていた人たちが運転モードの切り替えを出来ずに滑って事故を起こす。いわば初冬の風物詩らしい。

そして、その事故を通り過ぎたら、別の事故かあるいはまだ夏タイヤを履いていたのかレッカーに牽引されている車が1台、家の近くでも道ばたの草むらに転落している車が1台。・・・。

う~ん、お気の毒にとも思うけど、
「なんぼ雪の降り始めやから言うても、皆さん毎年雪道の運転繰り返してるベテランの筈でしょ?」
と言いたくなるのは私だけだろうか・・・。
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こ大沼は、かなりの田舎だ。

もちろん、函館に近いだけあって過疎に悩んでいるようなことはないのだけれど、JR大阪環状線の内側という都会に実家がある私にとって、いろいろ未知の現象に出くわす機会が多い。


早朝から外の壁をノックする音がする。

「誰や?こんな朝早ようから。しかも、ドアにはちゃんと呼び鈴が付いとんのに」と、寝ぼけ眼で外に出てみると・・・



アカゲラ(キツツキ科)(ウィキペディアより転載)

アカゲラでないかい!
キツツキの一種だ。こいつが何をどう勘違いしたのか、我が家の外壁に取り付いてしきりにつついて(ドラミングというらしい)いるのだった。

おいおい、なんぼ借家や言うても穴開けられたら困るがな!と言う前に、キツツキが家の壁をつつくなんてことは想定外中の想定外だったので、カメラを持ってくることも忘れてしばし固まってしまった。
もっとも、奴も相当びっくりしたらしく、私の姿を見るなり飛び立ってまた近くの木でドラミングを始めた。

いやいや、キツツキを間近で、しかも家をつついているのを見れるとは・・・。
しかも先日見たのは実は3回目。毎年秋になると1回はこういうことがある。

まあ、私の家は築50年の古い家で、外壁もモルタルなんぞでなく板張りなのだ。今時珍しい家なので、奴も勘違いしたのかもしれぬ。

しかしながら、すばしっこい奴だ。今回はあらかじめカメラを持ってそ~っと外へ出たのだけれど、さすがは警戒心の強い鳥らしく、すぐに気配を察して飛んで行ってしまう。家の壁をドラミングしてるとこを捉えたら、かなりのスクープなんではないだろうか。


ところが、そんな悠長なことを言っていられない人もいる。

ある知り合いとその話をしていると、彼女は言った。「にっくきアカゲラめ~」。
何でも、家の壁や軒に何カ所も穴を開けられてしまっているのだそうだ。

彼女は森の中の古い別荘を改装して、仕事の合間に東京からよく休養に来ている。
木々の間から駒ヶ岳も見えるし、家にいながら森林浴気分。都会で働いたストレスも吹き飛ぶらしいが、来るたびに穴が増えていて、塞いでも塞いでもまた開けられるそうだ。


う~ん、「森の中の別荘」なんざ憧れてる人は多いやろうけど、良くも悪くも大自然。憧れだけでは済まん事情もあるんやなあ。
ノックで起こされるくらい、良しとしましょうか。

余談ながら、「キツツキ」という鳥はいない。シロキツツキやコゲラ、このアカゲラや体長40センチを超えるクマゲラなど「キツツキ目キツツキ科」の鳥なのだ。念のため。
た大阪でひき逃げや・・・。


こないだのひき逃げ事件は記憶に新しいけど、今度は河内長野であったそうな。
しかもまた引きずって逃げたと。

被害者の方が気の毒でしょうがないのは言うに及ばず。あ~あ、これでまた大阪の評価が落ちるな。大阪人はひき逃げの常習者ばっかしやというレッテルを貼られるな。ただでさえ「運転荒い」「マナー悪い」「厚かましい」「やかましい」「恐い」とかバッシング食ろうてるのに。

しかも「大阪では他にも今日だけで2件もひき逃げがあり・・・天王寺区で・・・」というナレーションに振り向いたら、映ってたのは実家から100mも離れてない、近所の交差点やないの。
まあ、国道25号線で交通量も多いから、確かに度々事故は起こってるんやけど。
もうひとつの東住吉区の現場も、さして離れてない。


ホンマ、情けないし、やりきれん。
大阪府警はん、大阪の汚名返上に向けて頑張ってや~。でも43号線の40キロ制限で15キロぐらいのオーバーは見逃してな~。
い、少ない、大きい、小さい、古い、新しいなどという、いわゆる形容詞は、すべて「何々に対して」という意味を含んだ相対語であって、その言葉を発する側と受け取る側とで内容の著しい乖離が生じてもおかしくはない。

例えば車では、「高級車」の代名詞になっている外車など、ほとんどは本国に行けば庶民が普通に乗っている「大衆車」だ。
「最新型」として世に出た工業製品も、それより新しい製品が出れば1年落ちでも「旧型」になってしまうし、新型が出なければ10年経っても「最新型」と呼ばれ続けるだろう。


地域的な要因もある。
東京や大阪では待ち合わせに10分遅れたら立派な遅刻だが、沖縄では1時間程度は遅刻の内に入らないらしい。「沖縄タイム」のスケールは大きい。


さて、同様に何かと「スケールが大きい」と言われる北海道だが、東京や大阪のような都会と比べると、その環境の違いから人間にも大きな感覚の違いがある。

例えば東京の山手線沿線に住んでいる人が旅行に出て、北海道の十勝あたりをレンタサイクルで走っていたとする。
途中で道が分からなくなり、農家の軒先にいた人に道を聞く。そこで「それならすぐそこですよ~」という抽象的な答えが返ってきた場合、その東京の人は「あ~良かった、たぶん遠くても1kmくらいだろう。自転車でもすぐだ」という判断を下すに違いない。

ところが北海道民、特に十勝のような広大な土地に住んでいる人たちにとって「すぐそこ」という表現は、あくまで「自動車で、信号も渋滞も全くない直線の道を、平均時速80kmぐらいで走ってすぐ着く」という感覚に基づいている可能性が高いのだ。真に受けてしまったその人は、恐らく30分はペダルを漕ぎ続ける羽目になるだろう。

私も、北海道を旅していた時から移住した今に至るまで、その感覚の違いに翻弄され続けている。


先日、お客さんのお宅で作業が終わり、帰ろうとしていた時のこと。
「畑で作った野菜がちょっと余ってるんだけど、持って行かないかい?」とのお言葉。

あ~、ちょうど越冬野菜(ムロに入れたり、雪に埋めたりして保存する)を準備しようとしてたとこなんです。有り難く頂戴しま~す。

と言い終わってから一瞬、不安がよぎる。
以前にも近所の農家さんから、トウモロコシ何本かあげようと言われて18本も持たされたり、別のとこではミニトマトいるかと聞かれて買い物カゴに半分持たされたりと、処分に困るほどの量になったことが何回もあったのだ。
今回も「北海道スケールでのちょっと」なのかもしれぬ。しかし頷いておいて、やっぱしやめますなどとは言いづらいし、とりあえず近所中にあげまくれば何とかなるか・・・


数分後、私の目の前に運ばれてきたのは、
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大根13本、全長1m近くあるネギ5本、ジャガイモ約20kg。
予想に違わず、である。

ウチは二人暮らしなんやけど・・・。まあ越冬野菜にして、余ったらお隣さんにでもあげるかな。


苦笑しながら何とか車に積み込み、家に帰ると・・・
そのお隣さんから巨大な大根2本が届いていた。

さあ、どないしよ?
海道に住んでいると、季節の変わり目というものをイヤと言うほど味わうことになる。

特に冬の始まりと終わりは劇的だ。景色が一変するのはもちろん、冬支度、冬じまいと生活もかなり変化することになる。

私の今住んでる家のような古民家(築50年。古民家というよりはただ古いだけか?)となると尚更だ。何しろ断熱材という物がおよそ入っていないので、冬になるとひどく寒くなる→強力な煙突ストーブを出してきて焚く→灯油代がかかる→隙間テープやプチプチシートなどを駆使して熱効率を何とか上げる→それでも不経済なので、生活空間を縮小する→さらに厚着をする・・・という手順を踏まなければならないのだ。

最近の、断熱の効いた家々が羨ましい。もっとも、私は北海道によくあるプラモデルのような味気ない家に住むくらいなら、少々暖房代がかかっても今の方がいいと負け惜しみながら言っているのだけれど。

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函館から大沼から、天気のいい時は羊蹄山まで見渡せる木地挽山も、ついに雪化粧した。我が大沼のシンボル・駒ちゃんこと駒ヶ岳はもうとっくに初冠雪しているけど、こんな低い山まで雪が積もるようになると、冬の到来を実感する。平地でさえ、雪が舞うようになった。
こうなると、まず冬支度の第一段階として、車のタイヤをスタッドレスに、ワイパーを冬用にしなければならない。そうしないと、夜には怖くて走れなくなる。同時にダウンジャケットも出して衣替え。冬物から「極寒仕様」へとチェンジする。

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ポータブルストーブやファンヒーターで耐えていたけど、ついに暖房器具の王者、煙突ストーブが半年の眠りから覚めて居間に鎮座した。いつかは薪ストーブを導入したいけど、この家の構造ではしんどいな。家を建てたら必ず入れるぞ。

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さすが築50年だけあって、断熱サッシどころか二重窓にすらなっていない。手前に障子があるので実質的には二重窓に近いが、こうしてプチプチシートを両面テープで二重に貼り付けておけば、結露もしなくなるし断熱性も良くなる。見た目はあんまし良くないけど。

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縁側には古めかしい雨戸があって、二重窓にするのと雪対策とでこの時期からは常時閉めることになる。そのため、全面板張りではなく明かり取りの窓がついている。しばれ大根もこの時期の風物詩か。

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