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ガイドで小遣い稼ぎをする少年たち
まあ努力は買おう。

ンボジアのシェムリアプ(シェムリアップ)では、日本人も多く泊まっているゲストハウスを拠点に、アンコール遺跡群をまわった。

アンコールワットを筆頭に、十数キロの範囲にアンコールトムなどの遺跡が散在している。世界遺産だけあって、規模も途轍もなく大きいようだ。今では残留地雷の危険もほぼ無くなり、安心して遺跡巡りが出来るようになったのだった。


しかしながら、まずびっくりしたのは入場料金の高さだ。

日本の寺院の拝観料程度に思っていてはいけない。各遺跡ごとに払うのではなく、遺跡群に通じる道路に高速道の料金所みたいなのがあって、そこで各遺跡共通の入場券を買うことになるのだが、1日券が20ドル、3日券40ドル、1週間券60ドルといった具合である。おいおい、どこぞの遊園地やスキー場とちゃうねんぞ!

まあ修復費用が馬鹿にならないのは分かっているが、1食1ドル以下で食えるこっちの物価からすれば信じられない値段設定だ。もっとも、カンボジア人には無料開放されているので、その辺は良心的と言っていい。当たり前のことではあるが。

結局、見るのにそれなりの時間が必要らしいので3日券を買い、3日間、トゥクトゥク(タイで見かける3輪タクシーではなく、ここではバイクが人力車みたいなのを牽引している)をほかの旅人と一緒にチャーターしたり、レンタサイクルでまわったりした。とりあえず有名な所は全部行けたのではないか。日没を近くの丘から眺めたり、アンコールワットの後ろから昇る朝日を拝んだりもした。


やはり、約1000年前後も前に完成した石の建造物が、ここまで残っているのは驚きだ。遺跡によっては屋根が完全に崩れて石が山積みになっていたり、大木の根っこが建物を包み込むようにして突き抜けていたりするが、それが現在までの途方もない年月を突きつけてくる。また、銃弾や爆弾で破壊された跡もあったりして、長かった内戦時代も示している。

そして、遺跡は信仰の対象なので僧侶の姿が多く、よく観光客と話していたりする。英語や日本語がかなり堪能な若い僧侶(十代半ばくらい)が多いのも驚いた。訊くと、寺院で勉強しているが、こうして観光客と話すことによって会話力を磨いているそうなのだ。うーん、頭が下がる。

さて、二番目にびっくりしたのは観光客の多さ。おるわおるわ。アンコールワットなど有名な遺跡の午後になると、これは休日のユニバーサルスタジオジャパンに匹敵する混み具合ではないか。現地人アメリカ人フランス人ドイツ人中国人韓国人日本人、団体ツアーにバックパッカー、いろんな言葉が飛び交う中を縫うように見学しなければならなかった。

世界遺産指定は、諸刃の剣だと思う。これだけ客が増えれば地域に金は落ちるだろうが、当然ながら遺跡の損傷は進むし、ゴミも増える。けしからんことに、ポイ捨てや落書きも見かける。観光客のモラルが向上しない限り、マイナス面の方が多いのではないかとも思う。

そして、どこの遺跡でも執拗にまとわりついてくるのが物売りや物乞いの子供だ。遺跡前の駐車場に着くと、すぐさま小学生になるかならないかの子供たちが手を差し出してきたり、絵葉書や本を持って「イチドル、イチドル」「カッテ、クダサイ」などと片言の日本語を喋ってくる。そして駐車場にずらっと並んだ屋台や売店からは、おばちゃんが「オノミモノ、イカガデスカ?」「オミヤゲ、カッテ」などと声をかけてくる。なんで日本人やと分かるのだ!?と訊きたくもなる。

飲み物や食事の値段は、街中の倍くらいもする。と言っても缶コーラ2000リエル(約52円)、焼き飯4000リエル程度なのだが。

また、建物の頂上に登ると、見たところ中学生ぐらいの子供が何人かいて「Where are you from?」と聞いてくる。「Japan」と答えると、建物の案内を片言日本語混じりの英語でやってくれることもあった。そしてひとしきり説明が終わったら「チッププリーズ」。う~ん、ええ小遣い稼ぎやな・・・。別にやらなくてもいいんだろうが、そこまで英語や日本語、はてはここの歴史まで勉強したことに敬意を表して1人1000リエルあげよう。すると「Do you have japanese coin?」残念ながら日本円は持っていない。矢継ぎ早に「Japanese candy?」「Japanese pen?」そないに日本の物が欲しいんかい!?

おまけにトイレに行こうとすると、門番の子供がいて、1000リエルよこせと言う。26円か。タイでは1バーツ(3円)やったのに・・・ムカついたので、ケツを叩きながら「Emergency toilet!」と叫んで無理矢理入り、走って出て行ってやった。


このように、「アンコール遺跡テーマパーク」とでも言いたくなるような俗化した一面もあったのだ。


ただ、考えてみるとこれも「カンボジア人の逞しさ」かもしれない。

カンボジアは、長い内戦の痛手からやっと立ち直りかけている状態だ。日本は太平洋戦争からの復興は早かったが、戦後しばらくは子供たちが進駐軍兵に向かって同じように「ギブミー、プリーズ。ギブミー」とやっていたではないか。大人も子供も、生きるために何でも売って、少々汚い仕事もやって、英語も勉強して必死にお金を稼いだはずだ。

それに高度成長の時代になって新幹線が走り始めた時も、その駅の裏にはバラックが建ち並んでいたりして、まだ生活の格差も大きかった。ピカピカの服とランドセルで学校に通う子供もいれば、学校にあまり行かずに働いている子供もいたのだ。
こちらでも、物売りの子供の横に、携帯電話で喋っている子供がいる。

日本の歩んできた道を、ちょっと遅れて追っているだけなのかもしれない。


そう考えると、もうちょっとお金出してやっても良かったかなー。などと思うのだった。ただ、あんまりそうすると「日本人は言い値を払う金持ちだから、もっとふっかけてやれ」と舐められもするな・・・難しい問題だ。

人だらけ・・・
中国の旧正月と重なったせいで、どこも人だらけ。おまけに中国語ばかり飛び交って、ここは中国なのかと錯覚してしまう。
これが料金所
これが料金所。チケット検札員は至る所にいるので、突破は不可能か。する気ないけど。

物売りがすごい
物売りのパワーはすごい。
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