上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
ょっと前の話になるけど、

4月の9日から11日まで、長野県は諏訪の御柱祭に行ってきた。

テレビ番組で、太い丸太が人を乗せて斜面を滑り落ちてゆく場面を見たことのある人は多いだろう。その祭りなのだ。


この祭りについて簡単に説明する(詳しくはググって下さいまし)と、茅野市にある「諏訪大社・上社」諏訪市にある「諏訪大社・下社」6年に一度、本殿の四隅に立っている柱を取り替える祭りである。

_

しかも上社には「前宮」と「本宮」があり、下社にも同様に「春宮」「秋宮」があって、それぞれの四隅なので柱は合計16本もある。これに使う大木を山から切り出して何kmも人力で引きずってきて、人力で立ちあげるのだ。

それだけでも凄いことだけど、この祭りに掛ける時間も凄い。

下社の場合、その木の選定(「仮見立て」と言う)はなんと3年も前(上社は2年前)から始まっていて、いよいよ決定(「本見立て」)、伐採したのは去年の話(上社は今年3月)だ。そして今回、4月9日から11日にかけて柱を近くまで引っ張ってくる「山出し」があって、来月にいよいよその柱を立てる「里曳き」が行われるのだ。

柱が滑り落ちる「木落とし」だけが全国に有名だけど、実はそれは「山出し」の一場面に過ぎない。「御柱祭」とは柱の選定から立てるまで、実に3年がかりの長い祭りなのだ。


今回観るのは「下社の山出し」だ。報告まで3ヶ月近くも経ってしまったことをご勘弁願いたい。


4月8日、函館から羽田まで飛行機で移動。そしてまずは新宿駅から高速バスに乗り、はるばる長野県は諏訪市までやってきたのだった。目指すは諏訪大社・下社の山出し、そして木落としだ。

そして知人の家で1泊させてもらい、まずは翌日の夕方に下見と行く。

_

途中、前の週にあった「上社の山出し」で曳行を終わって安置してある御柱を見に行った。
今回は時間が取れなくて観れなかったけど、前回、2004年はこの上社の山出し、木落とし共に観れたのだった。

その時の写真を紹介しよう。

_

柱だけを落とす下社と違い、上社はこのように「メドデコ」というV字型の木を柱に打ち込んであって、そこに氏子の人たちが鈴なりになっている。そしてこのまま坂を落とすのだ。

_

上社、下社とも、曳行の時には「木遣り」がかけ声を掛ける。大人から子供まで、甲高い独特の調子で叫ぶ。
「ここは木落とし お願いだ! 心そろえてお願いだ!」

_

さすがにメドデコがついたまま落とすので、坂は傾斜26度とそれほどきつくもなく、距離も短い。それでもメドデコの上はかなりの高さになるので恐怖だろう。

_

木落とし直前の様子。柱が思いっきりせり出している。メドデコと氏子の衣装が何とも派手。

_

そして木落とし。上手くいった。傾きもせずにゆっくりと滑り落ちてゆく。たまにメドデコが横倒しになったり、衝撃で折れたりして怪我人も出るという。

_

上社だけにあるのが、この「川越し(御柱洗い)」。雪融け水で冷たいだろうに、氏子さんたちはずぶ濡れになりながら柱を対岸まで渡すのだ。この時は、柱がいきなり川に落ちて、衝撃でメドデコにいた氏子さんらがバラバラと振り落とされた。

_

折れはしなかったから怪我人は出ていないようだった。それでも万が一の為に、横ではダイバーが待機している。
この後、川から引き上げて堤防を越えたところが、上の安置所(注連掛場という)になる。


そして今回、下社山出しで1日目最後の木落としを観る。

_

人混みをかき分けて坂の上に上がると、ちょうど柱が落ちようとしているところだった。

柱は後ろ側のこの「追掛綱」で杭に固定されていて、斧(よき)係の人が綱を切り落とすことで木落としが始めるのだ。

そして斧が入れられた!

_

切られた追掛綱が宙を舞い、大歓声と共に、柱がゆっくりと坂の向こうに消えてゆく。

明日はその坂の途中で観るのだ。

_

細かい彫刻が入れられた、いかにも神事に使う斧。この斧が入れられることはなかったけど、う~ん、背負ったおっちゃんと共にこの上ない威厳を放っている。カッコええ~。


2日目につづく!
Secret

TrackBackURL
→http://tabitabigomen.blog48.fc2.com/tb.php/276-9c6d66d4
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。