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4月10日、御柱、2日目。

今日もええ天気で、絶好の木落とし日和や。行くで~!

また坂の上に登ってしばらく観る。

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手前の白い綱が追掛綱で、後ろに見える杭2本で固定されているのだ。
但し完全に留めてしまうのではなく、適度に緩めて柱を坂の上にせり出させる。

なかなかの重責だろうと思う。一歩間違えたら柱がずり落ちてしまうのだから。

万が一そうなったら木落としが台無しになるどころか、坂は阿鼻地獄と化すに違いない。
実際、92年の御柱で追掛綱が重さに耐えかねて切れ、大勢の氏子さんらが不意に落ちてきた柱に跳ね飛ばされたり下敷きになったりして死者も出たそうだ。そりゃ一番太い柱では重さは9トンにもなるそうだから、巻き込まれたらひとたまりもない。

ちなみに、毎回死者が何人も出るかのように言われているけど、実際はここ7回で上社・下社、山出し・里曳き合わせて6人とのこと。重傷者は31人。多いと見るべきか、これほどのことをやっているのに少ないと見るべきか・・・。

残念なことにこの後の5月8日、下社の里曳きの最後、柱を立てる「建御柱」で乗っていた氏子さんが落下、2人が亡くなったそうだ。千曲市の御柱でもやはり建御柱で死者が出た。危険なのは木落としだけではない。

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2本目の柱は坂の中程で観る。

下社の木落とし坂は最大傾斜35度。しかも2日目ともなると踏み荒らされて泥だらけ。かなり滑りやすくなっている。

元綱(柱を牽引する太い綱)が大勢の曳き子さんらと共にそろりそろりと下ろされてゆくけど、滑って尻もちをつく人が続出した。その度に周りで見張っている消防団員の人たちが抱え上げている。

間違って曳き綱から手を離そうもんならこの斜面を真っ逆さま。木落としならぬ人落としになってしまう。

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「自信ない人は危ないから横の階段に行って-!!」警備の人たちが叫ぶ。地元の人々でさえこの有様なのだから、そりゃ一般の観光客など入れられんわな。

もっとも、私も地元の知り合いのお陰でここで観れているのであって、観光客には違いないのだが。

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せり出した柱の上から木遣りが響く。何を言っているのかはよく聞き取れないが、必ず「やー ここは木落としお願いだ!」の一言があるらしい。

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木遣りに合わせて、氏子が一斉に応える。「ヨイサ!ヨイサ!」

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木落としの直前。ラッパ隊のファンファーレが響き渡って勢いをつける。
御柱にこのラッパは欠かせないらしい。柱を曳く時も、木落としの時も、木遣りが響いた後に必ず吹き鳴らされるのだ。

そしてその向こうに「華乗り(柱の先頭に乗る)」のおっちゃんの引きつった顔が見える。
この祭り最大の栄誉だそうだけど、一歩間違えば大怪我でも済まない訳だし、そりゃ極度の緊張だろう。

ちなみにこの人は、前回も2番手の位置に乗っていた。ほかにも見比べてみると、今回の華乗りの人たちはほとんどが前回も2番手か3番手に乗っている。
こういうふうに経験や祭りへの貢献を重ねて徐々に華乗りに近づいてゆくあたりが、栄誉の所以なのだろう。


ところで、前回も思ったのだけれど、なんで神事に「ラッパ」なのだ?

確かに静々と曳くよりは勢いも出るし、景気もいい。曳き子たちの意気も高まるだろう。

しかし日本にラッパが入ってきたのなんて幕末の頃だし、約1200年と言われる御柱祭の長い歴史とその内容からすればどうもミスマッチに思えてしょうがない。

果たしてラッパの前はどんな楽器が使われ、いつ、どういった経緯でラッパに取って代わられたのか?


大いなる謎だ。


しかし知り合いや、ミクシィの御柱コミュニティ(あるのだ!)に聞いてみても、ググってみても、どうも答えが当を得ないのだ。

こら長老さんあたりに聞いてみんとあかんのかいな・・・。


まぁ、単なる余所者の他愛ない疑問だろうし、祭とは多かれ少なかれ起源が謎の部分を抱えているものだ。

でも次回までには納得してすっきりしたるで。

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無事に柱から投げ出されることもなく下まで滑り降りた。感無量だろう。曳行関係者の人たちと握手でお互いを讃え合う。


この日は立ち位置が悪くて、木落としのいいショットが撮れなかった。また明日リベンジやな。

そこで、似たような立ち位置だった前回の分でご辛抱を。

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曳き子は全部で何人くらいいるのだろう?数百人どころではない。1本の柱につき数千人だ。

メインの元綱に「子綱」という縄を巻き付けて引っ張る。この時はずっと天気が良かったので下は乾燥して、もうもうと土埃が立つ。

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今年は坂の傾斜に手が加えられてややフラットになっていたけど、前回は最初にいきなり急坂で一気にスピードがつき、途中の緩やかな部分でかなり減速。そして最後にまた急坂になって一気に奈落の底に落ちてゆくような印象だった。

また、今回や前回は追掛綱を切る前に柱を十分にせり出させて坂の傾斜に近づけていたけど、昔の映像を見ると、柱がたいして傾いていない状態から追掛綱を切っている。そのせいで、柱の先端が着地した時の衝撃で乗っていたほとんどの氏子さんらは振り落とされていた。

人がバラバラと振り落とされて、無人で下っていった柱に我先にと転がり落ちていった氏子さんらが群がる光景も「この祭りの凄さ」を際立たせていたけど、やはり死者や怪我人が出ないに越したことはない。いろいろ細かく改善は続いているようだ。

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そして最後に一気に加速がつく。

ちなみにこの木落としはよほど良かったようで、公式DVDの表紙や、丁度このタイミングで正面から撮った写真が今年の公式ガイドブックやポスターなどに沢山使われていた。

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いやいや、片手離しの勇姿!お見事でした!

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無事に降りられて安堵する笑顔あり、感極まっての泣き顔あり、この祭にかける思いが伝わってくるようだ。

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さあ、これを超える木落としが今年は観られるや?


明日の最終日篇につづく!
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