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コテージの中でダラダラ・・・
コテージの中にはベッドと蚊帳だけ。シンプルそのものだが、居心地は最高。


の滞在している、ラオス南部にあるデッド島、コン島は、バックパッカーに人気のリゾートなのだそうだ。


ふつう日本でリゾートと言えば、白い洗練されたホテルが並び、たぶん人工だろうが白い砂浜、ビーチパラソルにサマーベッドが並び・・・といった具合に、やや豪華で金を使う場所という印象をもつことだろう。

しかし、そこは5バーツ(14円)500リエル(12円)1000ドン(7円)1000キープ(10円)をケチるためなら数十分の苦労も辞さない我々バックパッカーを主な客層にしているリゾートだ。それらの代わりにあるのは、琵琶湖北岸のごとくちょっと濁ったメコン川、竹の壁と茅葺き屋根でできた隙間だらけの簡素なコテージ、そしてその軒下に吊されたハンモックなのだ。

もちろんテレビもない。それどころか電気もない。電気はレストランなどが自家発電で細々と使っているだけだ。水道も電話もない。車も走っていない、というべきか、車の通れる道がほとんどないのだ。バイクと自転車、そして船が交通手段なのだから。
吉幾三も「おらこんな島いやだ~」などと唄うかもしれない。


しかしながらしばらく滞在してみると、時間が非常にゆっくりと流れているようで、居心地は今まで行ったどんな田舎の町よりもいいかもしれない。リゾートにありがちなお仕着せじみたサービスなど、ここには全くない。


朝起きてコテージのバルコニーに出ると、目の前にはメコン川といくつあるのかわからない島々。メコンはゆっくりと流れている。時折バックパッカーや地元の子らが泳いでいたり、でかいタイヤチューブに乗っかって流れていったりしている。私も泳ぎたいところだが、う~ん、水の色を見れば迷ってしまうな・・・。まあ、シャワーや蛇口の水はメコンから汲み上げているので同じことだが。

そしてハンモックに揺られているうちに昼。昼あたりからは、外は炎天下の灼熱地獄と化す。そうなると、もう外に出る気はなくなり、川に面したレストランやカフェでレモンジュースでも飲みながらボケーとする。

夕方になればやっと行動する気力が湧いてきて、その辺を散歩。そして夕焼けが見えるカフェで一緒に泊まっている日本人たちとラオスのビール「ビア・ラオ」で乾杯して、夜まで食ったり呑んだり喋ったり・・・。

ちなみにコテージは一泊15000キープ(約150円)、メシはカオニャオ(蒸かした餅米)に、挽肉にハーブを和えたラオス料理「ラープ」、そしてビア・ラオの中瓶を呑んでも200円くらいで済んでしまう。居心地がいい上に安い。長居の条件は揃っている。

テレビも電気も何もないので、必然的に早寝早起きになってしまう。誠に健康的じゃないか。そう言う意味でも、観光地をまわる長旅の途中でダレてきた時にはリフレッシュするのにもってこいだ。あまり居すぎると脳味噌が溶けてしまいそうで危険ではあるが・・・。


ただ、こんな何もない島でも夜になると、欧米人が集まるディスコやカフェでかかっている音楽の重低音がどこからか聞こえてくるのは如何なものか。


日本人の私にしてみれば思う。このメコン川のせせらぎ、鈴虫の声、時折通るボートのエンジン音、それで充分ではないか。なんでわざわざ俗世から離れたような島に来ているのに、俗世そのもののようなけたたましい音楽で踊らにゃならんのだ?

いっぺんその踊っている欧米人を捕まえて小一時間問い詰めたいところだが、残念ながらそこまでの英語力はないし、あったとしても「それはアンタら日本人との音楽に対する観念の違いだ。そりゃそうと、どうして日本人は政治に不満を持ちながらあれだけ大人しくしていられるんだ?Why?Why?」などと逆に質問攻めに遭うのは御免だ。

まあ、それくらい上手く欧米人と話をできれば、もっと楽しみが広がるのだが。
ここは日本人が少なく、英語が出来ないとどうも決まったメンバーで固まってしまいがちだ。欧米人は島に来た当日の夜にはもういろんな旅人と楽しそうに喋っていて、何とも羨ましいではないか。


しかし、そんなことも翌日にはすっかり忘れ、また例のぬるい空気に包まれてハンモックに揺られているのだが。

鉄道跡をサイクリング
昼からはちょっとアクティブに、サイクリングなぞ出かけることにした。炎天下、昔の鉄道跡を軽快に進む。
島を結ぶ橋
デッド島とコン島を結ぶ橋に、第二次大戦頃まで鉄道が通っていた。この近辺のメコン川は滝だらけで輸送船が通過できず、荷物をいったん鉄道に積み替えて運んだという。

このあたりは滝だらけ
こんな滝が至るところにある。こりゃ船は通れんわな。あまりに暑かったので、この滝の下流で少し泳いでみた。水はさして綺麗でもないが、生き返った。

牛たちも木陰で休む
牛たちも上手く休憩場所を見つけている。

ここにもフランス統治時代の建物
コン島にはフランス統治時代の建物も残っている。

機関車の残骸が
蒸気機関車の残骸が放置されていた。
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