上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2005_0411_170802
ルアンパバーンでは、トラックの荷台にハリボテの象を乗せて飾り付けをしていた。何に使うかは当日のお楽しみとのこと。祭り本番に向けて、ちゃくちゃくと準備は進んでいる。


オス北部にある、ノンキャウという田舎町。

道を歩いていると、子供たちが水鉄砲で水を掛け合いながらはしゃいでいた。微笑ましい光景だ。

ところが、中の一人と偶然眼が合った次の瞬間、どうやら私は次のターゲットとしてロックオンされたようだ。私の前には水鉄砲や手桶、バケツを手にした子供たちが立ちふさがり、そして一瞬の沈黙の後、今度は丸腰の私に向かって放水攻撃を始めたではないか!

水の弾幕をかいくぐり、逃げまどう私。

まだ早いがな!ピーマイ・ラオには!お前ら今からそんなハイテンションになってどないすんねん!?


東南アジア諸国では、旧暦の正月を派手に祝う行事があり、寺院へのお参りや、場所によってはパレードなどが盛大に行われる。タイでは「ソンクラン」と呼ばれ、チェンマイで行われるものが規模も大きく有名だ。

そのソンクランに対して、ここラオスで行われるのは「ピーマイ・ラオ」と呼ばれ、今年は4月の14日から16日まで行われる。

期間中はタイでもラオスでも、町のあちこちで通行人に向かって手当たり次第に水を掛けまくる光景に出くわすことになる。地元民であろうが外国人旅行者であろうがお構いなし。自転車やバイクに乗っていようがオープンカーであろうが、手桶やバケツで容赦のない洗礼を受けるという。
もちろん通行人も負けてはおらず、水鉄砲を持ったりトラックに水を積み込んだりして応戦するので、町全体がさながら弾丸の代わりに水の飛び交う戦場のようになるそうだ。

このようなことから、この行事は「水掛け祭り」とも呼ばれている。


なぜ4月に水を掛け合うのか?

4月といえば、日本ではやっとこせ暖かくなり、桜などの花が咲き始める「春」だ。沖縄を除けばまだ寒く、水を掛け合うなどとんでもないだろう。

しかし常夏のタイやラオスでは、5月中頃から始まる雨期を前にして一年のうちで最も暑くなる「暑期」にあたるのだ。ここラオス北部でも気温は毎日30度を超え、太陽がほぼ真上からじりじりと照りつけてくる。外にいるだけで全身から汗が噴き出し、頭から水をかぶりたくもなってくるのだ。

水掛け祭りはこのクソ暑い時期を歓迎する意味も込められた、南国ならではの祭りだそうだ。


さて、ガキどもの水攻撃から、Tシャツとズボンが半分くらい濡れるという最小限の被害で何とか逃れた私ではあったが、今日は4月の11日だ。ピーマイ・ラオが始まるまでまだ3日もあるではないか。なのに道では子供たちが水掛け道具を片手に、通行人を今か今かと待ち伏せているのだから。

日本ではなんぼ正月が待ち遠しいと言っても、12月の29日に初詣に行ったりおせち料理を食べたりはせんだろう。もっとも水を撒いているのは子供たちだけなので、単に遊びたくてしょうがないだけなのだろうが。

まあ子供らは遊びが増えていいかもしれんが、服を濡らされる通行人、しかも簡単に着替えの出来ない我々バックパッカーはたまったものではない。まあ、我々は濡らされたところでシミが残るような高価な服など着ていないし、その水も一応きれいな水を使ってくれている(と信じたい)だろうから、そう目くじらを立てることもないのかもしれないが。

ただ、荷物を持っている場合はどうなるのだ?バックパッカーは一応ザックの中の物を防水袋に入れたり、ザックにカバーを掛けることである程度自衛できるが、地元民はバイクやトラックの荷物にもカバーを掛けるのだろうか?穀物のような、濡らしてはならない物だってあるだろうに。それにこちらではソンテウやトゥクトゥクといった、窓が無く乗客が吹きさらしになっている乗り物がある。雨用のカバーでもあるのか?

もし通行人がシャネルのドレスや大島紬を着ていたら、もし白のスーツに金のアクセサリーをつけてサングラスをかけていて「安岡力也」みたいなイカツイ男だったら、それでも水を掛けるのか?警官や僧侶はどうなのだ?

考えれば考えるほど、ナゾは増える。何しろ日本の祭りはいろいろと見てきたが、ガイドブックで見たり人から聞いたりした限りではこの水掛け祭りはケタ違いにやりたい放題らしい。いい勝負なのはスペインの1時間ひたすらトマトをぶつけ合う「ラ・トマティーナ」ぐらいのものだろう。老若男女が普段の仕事や学業から解き放たれてひたすら水を掛け合う。しかも水を掛けられた方も怒ることはない・・・のか怒ってはいけないのかは分からないが、ともかく町を挙げての無礼講と表現して間違いないようだ。

そう考えると、怖くもあるが、その狂喜乱舞具合が楽しみでもある。私も多分、何度も全身ずぶ濡れにされるに違いない。まあ、どうにでもしやがれ。カメラもザックもカバーを掛け、完全武装で臨んでやるわい。


そのノンキャウでは結局、子供たちのほかは特にピーマイ・ラオが近づいているという気配は伺えなかった。飾り付けなどもなく、もちろんお祭り騒ぎにもなっておらず、いつものように田舎町ののんびりした時間が流れていた。

そこから私と数人のバックパッカーは、ラオス最大のピーマイ・ラオが行われるというルアンパバーン(ルアンプラバン)に向かうため、ソンテウに乗った。ソンテウにもカバーなどは掛けられていない。ということは、途中に水を掛けられる心配もないと言うことか。


3時間後、私たちは全身しっかりと濡らされてルアンパバーンに降り立った。誰が集落一つ通るごとに放水攻撃に遭遇するなどと予想しただろうか。まだピーマイ・ラオの本番ではないかもしれんが、前哨戦は間違いなく始まっているのであった。

2005_0411_081132
「BambooFamily Bungalows」は15000キープと安いけど、あまり綺麗ではなかったかな。シャワーも出が悪いし。あと、まあ川沿いのコテージだから仕方ないが、夜に電灯を点けるとすぐに虫が周りを覆い尽くして明るさが半分になる。シーパンドンでもここまで多くはなかったぞ。
2005_0411_081226
このように、ロケーションは最高なんだが。

2005_0411_104412
またノンキャウへとスローボートに揺られる。しかし今度は下流に向かうので、前回のように途中で降ろされることもなく、結構なスピードで瀬を乗り越えてゆく。

2005_0411_105326
ノンキャウに着くと、川ではボート競争をやっていた。沖縄のハーリーのようだな。

2005_0411_111706
またここで一泊しようか迷ったが、一緒にボートに乗っていたオーストラリア人の一団が、ソンテウに乗って行かんかと言う。確かにルアンパバーン行きのバスなんていつ出るか分からんし、これは渡りに船だ。別に怪しい連中ではなさそうだし、お誘いに乗ることにする。ソンテウはすぐに出発した。

2005_0411_140958
途中の村などで放水攻撃に遭遇すること数回。気分良く揺られていると、いきなり「バシャッ!!」と外から水が投げつけられる。その度にオージーたちは大喜びだ。まったく、欧米人はどこまでも陽気やなあ。まあ、私も楽しいのだが。
さて、どんな1週間が始まるのやら・・・。
Secret

TrackBackURL
→http://tabitabigomen.blog48.fc2.com/tb.php/77-c1d47a79
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。