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水鉄砲部隊。こっちも手加減せんぞ!


月14日、ピーマイ・ラオの幕は切って落とされた。


とは言っても、朝起きた時点では特に何の変化もない。別に騒ぎや中国のような爆竹の音が聞こえる筈もなく、いつものように静かなルアンパバーンの朝であった。


まあ、昨日まででも十分なくらいに人々のボルテージは上がりきっていた。町の至る所で子供や大人までもが水鉄砲や手桶を構えていて、30分も町を歩けばいい具合に全身ずぶ濡れにさせられたのだから。祭りの本番に突入した今日などは一体どうなるのだ?

念のため、濡れて困る物は全てジップロックに入れ、カメラも袋で包んで完全武装である。そして片手には、昨日極秘裏に仕入れておいた強力な水鉄砲だ。ポンプで圧を掛けて引き金で噴射するタイプで、10m程度の射程距離はあり、しかも片手で扱える。

ロビーで誰かがバケツでも構えているか、もしや張られた糸に引っ掛かったら上から水が降ってくるという地雷のような罠でも仕掛けてあるのではと恐る恐る出てみたのだが、さすがに室内で水掛けはやらないようだ。こりゃ朝から緊張を強いられることもなさそうだわい。

しかし安心して表に出るや否や、早速宿の娘が姉妹揃って水鉄砲でゲリラ攻撃を仕掛けてきた。オマエらは内戦中の「パテート・ラオ」部隊か!?不意打ちとは卑怯なり!しかし、ふふふ。今までの私なら逃げまどうだけだったが、これからは存分に反撃させてもらうぞ。この強力水鉄砲でも喰らえ!


ちなみにこれは昨日マーケットで買ったものだが、そこではピーマイ・ラオを前にして、水鉄砲やバケツや手桶など「ピーマイ・ラオ用グッズ」とも呼べる物があちこちの店に並べられていた。水鉄砲は拳銃タイプの物から、背中にタンクを背負う農薬散布用みたいな大型銃まであって、地元民はもちろん大勢のバックパッカーも品定めをしていたのだった。

テラスにたむろしている宿泊者連中の手にもいろんな形の水鉄砲が握られていて、みんなこれから激戦地に向かう兵士のような顔をしている。何しろ外出したら最後、生きて帰ってくる、もとい、濡れずに帰ってくることはほぼ不可能なのだ。「君は行くのか、そんなにしてまで」。


宿から小道を通って表通りに出ると、やはりそこは既に戦場。阿鼻叫喚の真っ只中であった。
10mおきぐらいに「砲台」があり、そこではバケツやホースを手にした大人たち、水鉄砲や手桶を手にした子供らが大喜びで待ち構えていて、でかいタライに満たした水を補給しながら前を横切る物体すべてに浴びせかけている。しかも一つの標的に5~6人の集中放水で、人も自転車もバイクも一瞬でびしょびしょだ。昨日までの前哨戦がまだ可愛いものに思えてくる。今日は30分どころか、ものの5分で全身ずぶ濡れにされそうだ。

少し離れて写真を撮っていると、子供らが私の下げている水鉄砲を指差して何やら叫びながら駆け寄ってくる。そして手桶と水鉄砲で総攻撃を仕掛けてきたではないか。よし、この時を待っていたのだ!満を持してこちらも反撃するが、多勢に無勢。しかも水鉄砲は飛距離と持続力はあるが威力が小さい。それに比べて手桶は一撃でずぶ濡れにさせることが可能なのだ。それを数発喰らい、もう全身水の滴るいい男になってしまった。よっしゃ、覚悟は決まった。もうオレは逃げへんぞ。これからは肉弾戦じゃ!


その後も、砲台ごとに水攻めに遭った。水鉄砲を手にしているということは「戦闘の意志あり!」と見なされ、特に子供らから問答無用で襲われるらしい。また、いくら応戦しても水鉄砲で掛ける水より掛けられる水の方が遙かに多いのも分かった。時々タライの水を補給させてもらい、虚しくも楽しい戦闘を続ける。

たまに大勢の人が乗って大騒ぎしているトラックやトゥクトゥクが通りかかるが、これも追い抜きざまに2,3発水を浴びせてくる。爆撃機か!?、油断ならんぜ!

時々、砲台に混ぜてもらってみたが、こちらも面白すぎる。さっきのようなトラックと凄まじい水の掛け合いになるし、側面に防水カバーを掛けたトゥクトゥクが通りかかると、開け放しの後部にまわって思いっきり浴びせかける。ホンマにやりたい放題やなあ。

しかし、よく見るとみんな手当たり次第に攻撃しているのではなさそうだ。荷物を積んでいるバイク、怖そうなおっちゃんや喧しそうなおばちゃんには水を掛けていない。そして若者たちはどうも同年代の異性を狙っているようにも見える。おいおい、これを話のきっかけにして近寄ろうとしてるんではあるまいな?


午後からは、メコン川の中州に行ってみた。

ここでは今日だけ、ラオスの人たちが子孫繁栄を願ってそれぞれ砂の山を作る。一応ピーマイ・ラオのメイン行事の一つらしい。

これを見に行くだけだったのだが、中州では水だけでなく白い粉や絵の具を浴びせかけたり、相手の顔になすりつけたりと、更にボルテージはアップしていた。そして水も水道水が足りなくなったのか、メコン川の泥水が飛び交っているではないか。それだけはやめてくれ~!白い粉は何を使っているのかと見てみると、タピオカパウダーであった。本来は砂山に掛けるものらしいが、お構いなしである。

綺麗な円錐型に作られた砂山の一つを見せてもらうと、50センチ以上ある山の麓には砂のボールがいくつか置いてある。聞いてみるとこれは欲しい子供の数だそうだ。そしててっぺんに干支を描いた紙を飾り、願い事を彫って、最後には作った全員が集まり唄を唄って一日目の行事は終わりであった。

私は全身ずぶ濡れの粉まみれになっていたが、その地元の人たち(会社の仲間同士だそう)に連れられ、夕食までご馳走になることになった。「この日のために買ったんだ」というジョニ赤が振る舞われる。ラオス式に次々と注がれ、たちまちハイになってゆく私であった。


本日のメイン行事が終わろうとも、水掛けの狂喜乱舞は日没まで続いた。

しかし、実はこれだけ騒いでいてもまだ正月ではなく「ムー・サンカーンルアン」と言って、大晦日でしかないのである。明日は「ムー・ナオ」で「大晦日と元旦の間の日」。そんな日があるんかい?とツッコミたくもなるが、ともかく、3日目の「ムー・サンカーンクン(元旦)」まで町じゅうこのテンションなのだ。楽しくもあるが、かなり疲れそうである・・・。

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ピックアップトラックの荷台にも人が乗って大騒ぎ。たまに水の掛け合いになることもある。

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バイクのお姉ちゃんなど、いい標的だ。

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まあ、ずぶ濡れになるのは覚悟の上で乗ってるんだろうが。

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この後、車からすさまじい反撃。

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大人も子供も、楽しくてしょうがないよう。

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現地人にも負けずに楽しんでいるのが欧米人バックパッカー。陽気な奴らだ。

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メコンの中州では、みんな真っ白。

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知り合いが大喜びで攻撃してきた。負けてたまるか!

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小高い山の寺院から見下ろす。

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男の子がヘタレなのは、ラオスでも同じか。

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こんなふうに、円錐型の砂山を作る。同じ仏教なのに、日本とはえらい違いだ。

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八つの干支が並ぶ。アジアだけあって、色も派手。

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お祈りが終わったら、何やら全員で合唱が始まる。やはり仏教の歌なのだろうか?

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ずっと写真を撮らせてもらっていたら「どこから来たんだ?ニップン(ラオスでは日本のことをこう言う)か?」ということになった。「一緒に呑もう」とその後、屋台みたいなスペースに招待され、呑めや食えや歌えやの大宴会。ラオスの歌を聴かせてもらったら「ニップンの歌も聴かせてくれ」とリクエスト。まあ定番の「上を向いて歩こう」を歌ってあげた。

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皆さん、工場の従業員たちだという。陽気でいい人たちだった。

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そして更に、家に招待してもらって宴会の続き。まったく、どこまでお人好しな人たちなのだろう。
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