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新年のお祈りだ。何秒も、時には何分も祈り続ける。


ーマイ・ラオも3日目。今日、4月16日でやっとこせ旧正月の元旦「ムー・サンカーンクン」になったことになる。大晦日から3日がかりの元旦だ。


新年あけましておめでとう!


日本ならコタツに潜り込んでおせち料理なぞ食べているところだが、ここはラオスで、しかもピーマイ・ラオの最中である。静かな日になる筈はない。また今日も日が昇ると、道は「ハッピーニューイヤー!」と英語やラオス語で叫びながら水を掛けまくる一団で埋め尽くされることだろう。

まったく、毎日水やタピオカ粉を掛けたり掛けられたりで相当疲れているだろうに、人々のテンションは上がる一方なのだ。

私やゲストハウスに泊まっている日本人連中も初めは楽しんでいたが、1日数十回も遭遇する放水攻撃や毎日2回以上しなければならない洗濯にそろそろうんざりである。ええ加減ちゃんと道を歩きたいと思って砲台のなさそうな裏道を探したり、ガキが近づいてくるや、眼で「拙者に掛けてはならぬゾ!」とばかりに威圧したり、対策に腐心している有様だ。

ま、その苦労も今日でやっと終わりである。いざ終わるとなると淋しくもあるのだが。


朝、6時過ぎに起きて近くのワット(寺院)に行ってみた。

いつもなら早くても9時頃にならないと起きない夜行性の私からすれば、驚異的な行動だ。しかしそれというのも、是非とも見ておきたい行事があったからだ。早起きしたからには三文くらい得をしておかなくてはならぬ。

ラオスやタイなどでは毎朝、僧侶が道に列をなして托鉢をしている風景に出くわす。上座部仏教が浸透している国ならではの光景だが、元旦である今日だけは行われなず、代わりに人々がワットに出向いてお供えをするのだという。

まだ夜も明けきっていない表通りに出る。
さすがにこんな涼しい朝っぱらから水を掛けている人はいないが、ワットには花やお供え用の餅米を持った人々が集まってきていた。
みんな肩から「バービヤン」という装飾を施した布をたすき掛けにし、女の人はいつもより更に綺麗な巻きスカートをしている。これがお参り用の正装なのだという。そして仏陀像の前でお祈りをして、持ってきた花や食べ物を供えているのだ。

この町を見下ろす小高い山の頂上にもワットがある。そこへ向かう参道にもお参りの人たちが集まり、途中にある像に餅米やお菓子などを供えていた。

そのお供え物のお菓子をビニール袋に回収してまわっている子供たちがいた。聞くところによるとこれで1年分のお菓子を貯めるのだとか。思わず笑ってしまうが、ここではお供え物は仏だけに向けられたものではないのだろう。「仏へ施す人がいれば、仏から施される人もいる」という考え方なのかもしれない。

頂上にある本堂でも、正装で固めた大勢の人たちが次から次へとお供え物を置き、ひざまづいてお祈りを捧げている。

独特の長いロウソクをあげ、お供え物を祭壇に置いて深々と頭を下げている光景を見ていると、ここまで信心深い人々に感服すると共に、日本人の宗教観が何とも恥ずかしいものに感じられてくる。
だいたい日本など、キリスト教徒になってクリスマスを祝ったかと思うと6日後には仏教徒になって大晦日。そして次の日である元旦には神道の初詣なのだから。1週間あまりで三つの宗教を渡り歩く国民も珍しいだろう。我ながらその一貫性のなさにはこれまた感心してしまう。

また、日本のそういった行事が盛り上がる陰には必ずと言っていいほど企業戦略も見え隠れしているものだが、ラオスにはそれがない。ひょっとしたらあるのかもしれないが、日本ほどあからさまではない。目立つのは水鉄砲を売っているテキ屋くらいのものだろう。

日本の、高級外車を乗り回してブランド物で着飾っている破戒坊主やエセ神主やニセ神父や外道牧師に見せてやりたいものだ。


ゲストハウスに戻ると、近所からここの親戚の人たちが集まってきていた。これから宿泊者も交えて、新年を祝うお祈りが始まるのだ。

部屋の真ん中には、大きな皿に花やバナナの葉とお供え物、そして「バーシー」という白い木綿の糸を飾り付けたお膳が用意されていて、みんなそれを囲むよう座っている。

祈祷師のおっちゃん(と言っても仰々しい服装などしておらず、普通のシャツとズボン姿)が何やら口上を述べ、ゲストハウスの一族みんなでお膳に手を添えお祈りだ。そしてその後は、ラオス独特の「バーシーの儀式」が始まった。

お膳に飾り付けられた木綿の糸「バーシー」を外し、その一本一本をみんなが手にとって、健康や幸福などを祈りながら誰かの手首に巻き付けてゆくのだ。
もちろん我々宿泊者の手首にも、オーナー、その奥さん、娘二人、おばあちゃん、誰だかわからん近所のおっちゃんと入れ替わり立ち替わり巻いてくれる。お祈りの言葉は「Good luck,Have a nice trip,ナントカカントカ・・・」と英語だったり、ラオス語でさっぱり分からなかったりもするが、自分の身内だけではなく、このどこからともなくやって来た外国人の幸運も祈ってくれているのだと思うとちょっと感激である。「Good marry and Save money」とそこまで心配してくれんでもええが・・・。

このバーシーは「3日経ったら切ってもいい」「自然に切れるまで待つ」と外す時期については諸説ある。手首に何重にも巻かれているので邪魔にならないわけではないが、旅の宿で会った人たちの祈りがこもっているのだ。せめて無事に帰国するまでは切らないでおこう。

この儀式の根底にも仏教の教えがあるらしい。ますます日本の宗教観の貧弱さを思った。


この後は昨日と逆コースをたどるパレードが行われ、町なかは夕暮れまで水を掛け合う車や人たちで賑わった。


このピーマイ・ラオの三が日は、とにかく水を掛けたり掛けられたりで楽しかったが、同時にピーマイ・ラオという行事とラオスの人々の心の中にある「仏陀」という存在の大きさを知った貴重な体験でもあった。

今度日本のねぶた祭りや阿波踊りなどに行ったら、単なる祭りの楽しみだけだはなく、そういう地元の人々の心の奥底にあるものを感じ取ってみたいとも思う。

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お供えの花。綺麗に飾り付けされている。パレードの人たちも持っていたな。

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日本と違って、ろうそくはかなり柔らかく、台など使わず祭壇に貼り付ける。

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そこへ、お供えのもち米やお菓子などをみんな置いてゆく。

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ワットの中の祭壇にも、所狭しと花束やろうそく。

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ゲストハウス近くにあったワットの本堂はこんな感じ。

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入れ替わり立ち替わり、頭を深々と下げて、何分もお祈りを捧げてゆく。

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こちらは派手な電飾が施された仏陀。ちょんとネオンサインのように点滅もしまっせ。

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みんな一張羅を着飾って、ルアンパバーンに聳える「ワット・プーシー」に登る。

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あれま、なんとまあ恰幅の良い仏陀さんやこと。プーシー登山道の中腹にて。

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プーシーからはルアンパバーン全体を見下ろせる。なかなか絶景。

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ワット・プーシーにも大勢の参拝客が。

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ゲストハウスでは、バーシー(木綿の糸)膳を囲んで新年会が始まっていた。日本でおせち料理を囲むようなものか。糸だからもちろん食べはしないが。

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ひとしきりお祈りが終わった後、バーシーを参列者の腕に巻き付けて、一年の幸福を祈る。

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外では、まだまだ水掛けの真っ最中。油断をすれば、すぐに子供も大人も外国人もが桶を持って迫ってくる。

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午後からは、昨日のパレードの折り返し。今日の主役はこの「プーニュー」と「ニャーニュー」。

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人の良さそうな警官が、みんなから水を掛けられてずぶ濡れになっていた。

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ミス・ルアンパバーンに最接近!

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車から降りて、ワットに向かうところを再び。

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プーニューとニャーニューの、獅子舞のような踊りが奉納されて、この祭りは終わりを告げる。
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