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式のクライマックスとも言うべき、バーシーのお祈り。


ーマイ・ラオの大騒ぎが終わって4日。さすがにこのルアンパバーン(ルアンプラバン)の街の営みも人々のテンションも元に戻っている。

ラオス版・正月三が日と言うべき14~16日が過ぎれば、もうお祭り騒ぎは終わりであった。何日も前からあれだけ激しく続いていた水掛けも、翌17日になるとピタッとおさまっていたのにはびっくりだ。
もし前日までのように意気揚々と水鉄砲片手で外に出ていたら、大恥をかくところだったわい。日頃のんびりしているラオスの人々にしては、異例の切り替えの早さじゃないか。


さて、私はと言えば、まだピーマイ・ラオから気分の切り替えができておらず、ルアンパバーンを抜け出せずにいた。いかん、あの祭りで根っこが生えてしまったかもしれぬ。


しかし、まだここにいるのにはもう一つ理由があった。

今日20日、ゲストハウスの息子さんの結婚式が執り行われるのである。ピーマイ・ラオに続いて、ラオスの結婚式やなんてまたもや滅多にお目にかかれない行事だ。これは見逃す訳にはいかんと、ビザを5日延長してまで残ることを決断したのであった。


朝、テラスでくつろいでいると、オーナーが宿泊客一人一人にそれぞれの名前を書いた封筒を渡していった。ラオスでも祝儀袋があるのだ!しかも主催者側で用意するとは。

で、なんぼぐらい包んだらいいのだ?オーナーは「One Dollar,Two Dollar・・・Five Dollar,Six Dollar・・・」とテキトーなことをのたまう。ハイハイ。分かりました。まあ日本的に、2で割れない数字にしとこう。


庭では、昨日から建てられていたテントの下でおばちゃんたちが集まって、タマネギやニンジンを刻んだり米を蒸したりしていた。

しかしながら、ニンジンの千切りは大皿に山のように盛りつけられているし、その他の野菜も大量だ。たぶん今日の夜にある式で出すのだろうが、今切り終わっている量だけでも100人分くらいは軽くありそうだ。いったい何人呼ぶ気なのだ?

ゲストハウスの二人娘の姉「NINI」を捕まえて「何人くらい来るんや?」と聞いてみると、「One Thousand」と軽く言いやがる。1000人!?なんぼなんでもそれは多すぎやろ~。有名人の結婚式でも1000人は集まらんぞ。そんなでかいホテルも見ていないし、これまたどうせラオ・ピープルのテキトー勘定に違いない。たぶんそうだ。


遅い昼食から戻ってくると、もうゲストハウスはシン(巻きスカート)とバービヤン(たすきがけにする布)でおめかししたおばちゃんやお姉ちゃんたち、さすがにタキシードではないが襟付きシャツなどでビシッと決めたおっちゃんらでごった返していた。普段はTシャツ姿のオーナーもポロシャツ姿だ。

新郎はと見ると、金色の装飾をつけた白い上着に、同じように装飾の施されたスネまで長さのズボンという出で立ちだ。刀まで下げていて、テレビで見たどこぞの国の王子様みたいである。やはり民族衣装というのはいい。そしてみんなで記念写真を撮ったり、お喋りしたりしていた。


それにしても、式は夜からやのに、みんなえらい気い早いな・・・と思いながら中に入ると、おばちゃんが駆け寄ってきて何やらまくし立てる。どうやら「アンタどこ行ってたの!早くドレスに着替えて車に乗りなさい!」と言っているらしい。え!?夜からとちゃうん?

聞いてみると、夜から行われると聞いていたのは披露パーティーで、これから行くのは結婚式だという。それを早よう言うてな!宿泊者連中はみんな夜からやと思ってどっか出掛けとるやんか。
ともかく、ドレスは無いので襟付きシャツに着替え、宿に残っていた日本人3人とトラックの荷台に詰め込まれた。


式場となっていたのは、ゲストハウスからそんなに離れていない普通の家であった。親戚の家らしい。そして式は仏教に則った形で行われた。

大広間にはピーマイ・ラオの時より大きく、ウエディングケーキのように背の高いバーシー膳が二つも据え付けられていて、新郎と「ミス・ルアンパバーン」も顔負けの正装姿と化粧で現れた新婦が並んで座り、バーシー膳を挟んで向かい側にいる祈祷師(ここでもやはり平服)と3人の手首をバーシーで結んでお祈りが始まった。

集まっている人たちはみんな、女性がバービヤンとシン姿、男は襟付きシャツやポロシャツという服装で、きっちりとしてはいるが正装でなく平服だ。

その参列者の格好を見ただけでけも仰々しさが全くないが、式の雰囲気も日本や欧米などとは全く違ったラオス風だ。

まず、集まっている人は50人以上もいるのだが、日本のような上座下座といった座り位置など全く決められていないらしく、3人を取り囲むようにみんな座っている。おかげでどこまでがどっちの家族や親戚で、どこからが近所の人なのかも全く分からない。
それにふつう神父や神主が「愛を誓いますか~?」などと言っている最中には参列者も神妙な顔をして聞き入っているものだが、ここでは真剣なのは新郎新婦と祈祷師だけ。周りの50人はワイワイガヤガヤと世間話でやかましく、祈祷師の祈りや新郎新婦の誓いの言葉などまるでお構いなしだ。庭ではテントの下でおっちゃんらが、ビールやラオ・ラーオ(ラオスの焼酎)をまわし飲みしてすでに出来上がっているし、何という緊張感のない結婚式であろうか。

一通り祈りが済むと、次はラオスには欠かせない「バーシーの儀式」だ。新郎新婦の手首に、それまでお喋りに忙しかった周りの人たちがやや真面目な顔つきになって集まり、入れ替わり立ち替わりお祈りをしながらバーシーを巻いてゆく。

この光景は何度見ても心が和む。単に「おめでとう。お幸せにね」などと声を掛けられるだけとは重みが違うではないか。

最後には誓いの口づけの代わりにか、お菓子や鶏肉をお互い食べさせ合う儀式があり、結婚指輪の交換の代わりに、ネックレスの交換があった。

しかしながら、結局儀式らしいものはそのくらいで、もちろんバージンロードの入退場もライスシャワーもあるはずはなく、そのまま記念写真だけを撮って、式は周りの世間話に呑み込まれてゆくのであった。


夜、一応襟付きシャツなどで小綺麗な服装をした我々宿泊客は、トゥクトゥクに乗って会場であるホテルに着いた。

会場を見て驚いた。
NINIの言った「1000人来る」はあながちオーバーでもなさそうだ。駐車場のような広場にいくつもテントが建てられていて、その下には机と椅子がぎっちり並べられていた。椅子の数は軽く数えただけでも500ぐらいあるではないか。ステージには生バンドが控えているし、どんな大騒ぎになるのだ?

入口では新郎新婦、双方の親類一同がお出迎えだ。オーナー夫妻も背広と光沢のあるシンとドレス、NINIや妹のNUNUもまだ中学生のくせに一丁前に化粧なぞしてみんなバッチリ決めているではないか。

笑ったのは、新居に見立てたミニチュアがあって、それが祝儀袋を入れるポストになっていたことだ。ミニチュアだけならよく日本の披露宴でも見るのだが、祝儀を手渡しするよりこの方が渡す側としては気楽である。もっとも、袋には名前が書いてあるから、後で入れてある金額は分かってしまうのだが。

席が半分ほど埋まったところで、新郎新婦と親族合計25人がステージ前に整列しての挨拶だ。ちなみに並んでいる親族はほんの一部らしい。もし親族一同が集まると何人になるのだろう。出生率が4.8あたりもあるラオスだけのことはある。

そして乾杯とともに生バンドのけたたましい演奏、そして参列者のやはりけたたましいお喋りが始まった。昼と同じく、新郎新婦がテーブルを回ってろうそくに火を付けるなどといった形式張ったことはやらない。ひたすら呑んで食って喋って歌って踊って祝おうということだろう。


パーティーは、誰が今日の主役かなど忘れてしまったかのようにひたすら盛り上がり、夜11時過ぎまで続いた。


今日は夕方から強風が吹き荒れ、雨も降ったりやんだりという生憎の天気だったが、非常に興味深いものを見ることが出来たと思う。


まず、日本ではキリスト教や神道式の結婚式はあっても、仏教式は見る機会がない。そして緊張感のない式の雰囲気、ここでも行われた「バーシーの儀式」、ホテルで行われた披露宴にもかかわらず料理は自前で用意するなど、ラオスの人々の飾らない生活、もてなしの心、深く根付いている仏教の文化を感じた。
民族の数だけ冠婚葬祭の形もあるのだ。

そして参加者の多さにも驚いた。後からNINIやオーナーに聞いてみると「今日は天気が悪かったから、招待したのに来れなかった人も多い」とのことだったのだが、少しの間だけいて帰る人も含めれば600人くらいは来ていたのではないか。

日本の披露宴は高額な祝儀相場のため、気楽に参加しづらいものがある。そして多くても100人くらいの正装で固めた参列者が式の最後まで見届けるものだが、それとは対照的だ。恐らく祝儀の相場も、誰もが無理なく出せる金額なのだろう。だから沢山の人を招待するし、気軽に参列することが出来る。

日本でも沖縄の披露宴は、祝儀相場が安い代わりに多い時は500人近くも集まるのだという。それと似ている。

ちなみに私が包んだのは3ドル。ほかの日本人もだいたい3ドルや5ドルといった金額だった。外国人ならこのくらいは出すべきだろう。一日分の食費+αだ。それで十分なものを見せてもらった。


ゲストハウスというのはラオスにおいては外貨を稼げる裕福な職業らしい。だから披露パーティーをホテルで豪勢に行えたのかもしれないが、一般の家はどんな式やパーティーをするのだろう。もっと素朴で、よりラオスの民族色が出ているかもしれない。それも是非とも見てみたいと思う。

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ひたすら野菜を刻んでいる。これでもまだ半分もない。

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出陣前の記念写真を。

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飾り付けされた車を降りると、新郎を先頭にみんなろうそくを灯してぞろぞろと歩いてゆく。

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新郎はさすがに緊張した面持ち。

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式場前で、何やらを交換して儀式が行われる。左側は綺麗におめかしした宿の二人娘の姉「NINI」。

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まずは、バーシーの膳をメインの参列者で囲んで、誓いの言葉(たぶん)を述べる。

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式が進む後ろでは、こんな感じでおばちゃんらが井戸端会議。

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そして、参列者が入れ替わり立ち替わり新郎新婦の腕にバーシーを巻き付けてゆく。

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最後は、誓いのキスの代わりにか、お酒を飲み交わす。

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お疲れさん!そしておめでとさん!新郎はん、かなり緊張してます。

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夜、みんな着飾ってやってきた。

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新郎新婦も、披露宴にふさわしい出で立ち。

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これで親類全員集合とのこと。さすが。

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我々宿泊者が盛り上がっているテーブルに、オーナーがやって来た。呑めや歌えやの大騒ぎはさらに盛り上がる。
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